2013/03/18

「福島の小児甲状腺がんが多すぎる」という話について

東日本大震災の2周年に遅れてしまいましたが、1年ぶりのエントリーです。

 この1年を振り返ると、世の中の大半の人々がヒステリー状態から抜け出し、落ち着きを取り戻しつつあるように思います。しかし、いまだに一部の人々は、デマに振り回され、ツイッターなどでせっせとデマを拡大再生産しています。 この手の人々が最近、大騒ぎしていたのが「福島の子供たちに甲状腺がんがみつかった」という話です。福島県の県民健康診断で18歳以下の3万8000人の内、3人に甲状腺がんがみつかり、7人に疑いがあるという結果が出ました。

  甲状腺がん3人、7人疑い 福島県「被曝、考えにくい」 朝日新聞デジタル2013年2月13日 

このニュースに脊髄反射した人々が、「小児甲状腺がんは100万人に1人とされ、3万8000人で3人は多すぎる」と騒いでいるわけです。 実は仕事で、何人かの甲状腺疾患の専門医にこの件について取材しました。ブログに書くことに了解をもらっていないので、お名前は伏せますが、以下のような話でした。

 「臨床的な発見と健診による発見は全然違うということです。たとえば、外から見てもわかるほど腫れている、声がかすれてきたといった自覚症状があって病院に行き、検査して甲状腺がんがみつかったというのが臨床的な発見で、これが100万に1人。一方、集団検診などで甲状腺検査をすると、自覚症状がなく、ゆっくり進行するタイプのがんも発見されるので、必然的に数が多くなるのです。だから、3万8000人中3人、疑いのある人を含めて10人というのは、まあそんなものかなという印象です」 

「甲状腺がんというのは年齢とともに発生率は増えていきます。100万人に1人というのは小さな子供での発生率で、今回のように18歳まで対象を広げると、数は増えます」

 甲状腺がんの多くは進行が遅く、仮にがんができていても微小なまま一生を終えることも多いのです。実際に亡くなった人の病理解剖で甲状腺を調べると、日本人の場合、100人中で数10人ぐらい微小な甲状腺がんがみつかるそうです。ほとんどの日本人は、何か自覚症状がない限り甲状腺検査など受けませんが、実際には多くの人が微小な甲状腺がんをもっていて、特に自覚症状もなく普通に生活し、そのまま一生を終えているということです。しかし、こういった集団検診の形で甲状腺検査を実施すると、そういったがんがみつかるわけです。だから、大きくなる場合は手術した方がいいが、微小ながんがみつかった場合は、ひとまず経過観察をする。小児甲状腺がんというのは生命予後がよく(なかなか死なない)、チェルノブイリでもほとんどの子供が亡くなっていないのです。

 「チェルノブイリ事故では4年後から増えたので、今回の検査は、まずベースとなる数字を出すためにやっているわけです。事故の4年後以降に増えたかどうかを確認するためのベースです。チェルノブイリの場合は、事故当時5〜6歳以下だった子供の甲状腺がんが増えたのですが、今回発見された10人は18歳に近い上の年齢層の子供がほとんどなので、放射線被曝は関係ないと考えるのが妥当です」 

チェルノブイリでは事故後、「毎年」検査をして4年後から発症の増加が確認されたので、今回発見されたのは原発事故が原因ではなく、以前からあったがんを発見したと考えられるわけです。 環境省では比較のため、他県の子供たちを対象に同様の甲状腺検査を実施しています。

  子どもの甲状腺「福島、他県と同様」 環境省が検査結果 朝日新聞デジタル2013年3月8日 

環境省は、長崎市と甲府市、青森県弘前市で3〜18歳の子供4365人に、同じ検査機器、同じ判定基準で検査をし、嚢胞やしこりのあった子供の割合は福島とほぼ同じだったと報告しています。 もちろん、「これでもう安心」などと言うつもりはありません。現時点では「異常」はないが、本当の結果が出るのは4年後以降だということです。ただし、福島の子供たちの被曝量はチェルノブイリに比べればケタ違いに少ないので、おそらくは甲状腺がんが激増するような事態は起きないでしょう。低線量被曝がどうのこうのと言っていた人々のウソが暴れることになると思います。

 世の中の大半の人々はデマに惑わされなくなってきましたが、いまだに抜け出せない人々もまだまだいます。こういった解説をしても「安全デマ」だと言って信じようとせず、福島から避難しなかった人々に健康被害が出ることを心待ちにしているわけです。こういう異常な心理について、開米瑞浩氏が以下で解説しています。

  原子力論考(84)オオカミ少年は悲劇を望むようになる 開米瑞浩 

「「警告」を発することで「人を動かす」快感に走ってしまったオオカミ少年は、いずれ自分の警告が現実にならないことに焦りを抱くようになり、「悲劇」が起きることを望むようになります」 

避難しろと訴え続けてきたのに健康被害が出ないと、自分がウソを言ったことになって困るので、悲劇が起きることを望むようになるわけです。これはアルコール依存症における「共依存」と構造が同じであるとしています。 こういった人々はデマの拡散や他人への誹謗中傷の加害者ではありますが、原発事故がなければこんな状態にはまりこむことはなかったはずです。だから、匿名ツイッターのアカウントを閉鎖して逃げても誰も非難しません。もうやめましょうよ。

2012/03/11

福島第一原発の事故は回避できたのか

仕事で福島原発の事故に関する調査レポートを読んだのですが、原稿で書き切れなかった部分をここで書くことにします。

「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」中間報告 チームH20プロジェクト
福島原子力事故調査 中間報告書 東京電力
東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 中間報告

上から順に「大前レポート」「東電レポート」「畑村レポート」とします。大前レポートは、大前研一氏が組織した民間調査組織による調査レポートで、08年に電源喪失による炉心溶融の可能性を指摘した(独)原子力発電安全基盤機構のメンバーが参加しています。東電レポートは東電による内部調査、畑村レポートは政府の事故調査・検証委員会による調査です。

これらのレポートを読んで、非常に興味深い記述にも関わらず、メディアがあまり触れようとしない話を中心に述べていくつもりです。

まず大前レポートで興味深かったのは、福島第一だけでなく、福島第二や女川、東通、東海第二など同様に津波に襲われた原発との比較を詳細に行なっている点です。津波の被害に関して、単純に(海面からの)津波の高さではなく、

「海面からの津波の高さ」ー「敷地の高さ」=「原発を襲った津波の実質高さ」

で比較すべきとしています。実質的な高さで言えば、やはり福島第一を襲った津波がもっとも高く、浸水域も広範で、そのために非常用電源をすべて失い、事故に至りました。他の原発については、浸水域が限定的で、直流、交流問わず非常用電源が1基以上生き残っていたので、冷温停止にまで持ち込めたとしています。ただし、福島第一については電源盤が水没して故障したので、非常用電源が生き残っていたとしても救えなかったとしています。つまり、非常用電源だけでなく、電源盤も水没しない高さに設置する、あるいは水密構造にする必要があるということです。

朝日新聞は事故の直後に「地震で原子炉が破壊され、津波が来る前に制御不能に陥っていた」と報じましたが、これは完全なデマでした。もし地震で壊れていたら、中央制御室には異常を知らせる警告信号が返ってくるはずで、それらはログとして残されます。こんなことは後から調べればわかることで、いかにいいかげんな報道をしていたかよくわかります。少なくとも地震に耐えたことは事実です。

もう一つ、非常に興味深い記述がありました。これは3つのレポートすべてに書かれていることですが、大手メディアでこのことに触れている記事はまず見かけません。

テレビ報道等で「今から1000年以上も前の869年に東北地方で起きた貞観地震が再び起きる危険が指摘されていたのに、東電はその対策をしなかったために、事故が起きた」と報じられ、私も鵜呑みにしていたのですが、どうも事情は少々異るようです。

事故の前に、貞観地震の再来を指摘したのは土木学会です。東京大学地震研究所の佐竹健治教授らの指摘を受けて、東電は何もしなかったのかというと、そうではありません。福島第一原発の吉田昌郎所長(事故当時)が東電本社にいた頃に、福島県内で貞観津波の堆積物の調査を行なっているのです。畑村レポートにはこうあります。

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 東京電力は、平成21年11月、福島県に対し、津波堆積物調査についての説明を行い、農閑期である同年12月から平成22年3月までの間、福島県沿岸において、津波堆積物調査を実施した。
 その結果、貞観津波の堆積物が、福島第一原発より10km北方に位置する南相馬市小高区浦尻地区等において発見されたが、福島第一原発より南方では、津波堆積物は発見されなかった。
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不幸にも、福島県の沿岸部を掘り返してみたところ、津波の痕跡はみつかりませんでした。貞観地震の震源地は、今回の大震災の震源地よりもかなり北の方にあったため、福島第一の付近のエリアまで津波は来なかったのです。だから、東電は対策を講じなかったのですが、国の中央防災会議は、「歴史的に繰り返して起きる地震を調査して対策せよ」という方針なので、それに反しているとは言えないことになります。

土木学会の見解では、今回の大震災は震源地の位置からしても、貞観地震の再来ではなく、別の地震だとされています。つまり、1000年どころか、有史以前の、数千年に1回規模の巨大地震だった可能性があるのです。

こういう想定外の地震に対しても対策をすべきだったのかというと、やはりすべきだったのでしょう。日本原子力発電の東海第二原発では、土木学会からの指摘をもとに非常用ディーゼル電源の側壁を4.91mから6.11mに増設していたおかげで、5.4mの津波に襲われても非常用電源2台が生き残って冷温停止に成功しています。今、日本中の原発では、非常用電源をタービン建屋の上や高台に増設し、原子炉建屋を水密構造にし、防潮堤の高さを上げるなどの対策が行なわれていますが、こういった対策を先にやっておけばこんな事故は起きなかったと考えられます。

しかし、こういった「津波の危険性」や「電源喪失で炉心溶融」を指摘したのは、“御用”とか“原子力ムラ”と呼ばれている研究者ばかりだったということも実に興味深い事実です。

2012/03/10

311大震災から1年が経ちました

311大震災から1年が経ちました。改めて、地震や津波の被害や避難生活のなかで亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。また、仮設住宅などでいまだ避難生活を強いられている方々には、一日も早く新たな生活が始められることを願っております。

前回のエントリーから3か月もブログ更新が空いてしまいました。年末からずっと忙しく、書きたいことがあっても考えがまとまらず、ずるずると放置していましたが、震災から1年の節目ということでこの1年の総括のようなものを書いてみます。

この1年は、心配した通り、放射能デマに躍らされた年になりました。
思い返せば、“放射能の恐怖”を煽る学者たちの話で、一つでも正しかったことがあったでしょうか。核爆発は起きましたか? チャイナシンドロームは起きましたか? 再臨界は起きましたか? 子供たちが甲状腺がんでバタバタ死にましたか? セシウムの影響でがんが激増しましたか? 長らく「原発事故で炉心溶融が起きれば何万人も死ぬ」と信じられてきましたが、現実には放射線被曝による死者は1名も出ていません。

「横浜でストロンチウムが検出された」という騒ぎも起きましたが、結局、その由来は50年代、60年代の核実験でばらまかれたものでした。核実験の影響で、我々の身の回りや「体内」には、ほんの微量ですが、プルトニウムやストロンチウムは存在しているのです。中国は内陸部で核実験を繰り返してきたので、日本に飛んでくる黄砂にも放射性物質が付着しています。我々はその環境のなかで普通に生きてきたのです。

朝日新聞までも垂れ流した「鼻血デマ」は本当にひどい話でした。子供は鼻血をよく出すもので、事故前は親も特に気にしなかったのが、事故後は被曝と関連付けて不安になって医者に駆け込む人が増えただけです。Twitterのつぶやきから「鼻血マップ」なるものを作成して公表した極めて悪質な人間もいました。Twitterのつぶやきには位置情報など付加されていないのに、どうやってマップを作成するのでしょうか? だいたい、もし鼻血が出るほど被曝していたら、今ごろもう死んでいるでしょう。

福島に住むある女性が、みずからのブログで「毛が抜けた、爪がはがれた」と写真をアップして騒ぎにもなりました。しかし、この女性はうつ病の治療中だったことが判明し、本人が「誰も被曝してそうなったとは言っていない」と書き込んで騒ぎが収まりました。

「将来、福島で40万人ががんで亡くなる」と主張していたECRRのクリス・バズビー医師は、英ガーディアン誌に放射能の恐怖を煽って高額なサプリや内部被曝検査を販売していることをバラされると、いつのまにかメディアから姿を消しました。霊感商法と同じです。妹が作る「放射能に効く味噌」を売っている作家さんも、最近メディアで見かけなくなりました。

メディアがこういった無責任なデマを垂れ流し、匿名メディアのTwitterでデマが拡散されていくという構図ができあがり、危険デマが幼い子供をもつ母親たちを震え上がらせました。ストレスで体調を崩し、それを放射能の影響だと思い込み、子供を連れて西日本にまで避難する母親もたくさんいます。これだけ放射能デマが蔓延していれば、怖くなるのが当然で、同情するほかありません。

避難している皆さんにこれだけは伝えたいと思います。この1年で放射線被曝で亡くなった人は1人もいませんし、健康被害も起きていません。しかし、デマ報道によるストレスで体調を崩した人は相当たくさんいるでしょう。放射能よりもストレスの方がよっぽど怖いのです。もし身体に変調をきたすほどの被曝をしたら、今ごろ死んでいてもおかしくありません。放射線治療では100mSvどころか、1000mSvとか2000mSvとかを照射しますが、それで体調を崩すようなことはありません。甲状腺がんにしても、よほど進行しない限り、自分で気づくことはほとんどないのです。

「1mSvでも危険」「1Bqでも危険」とかたくなに信じている人は、ぜひ以下で紹介されている『たかじんのそこまで言って委員会 超原発論』というDVDを見ていただきたいと思います。このDVDにはテレビで放送されなかった対談が特別収録されています。私も買って確認しました。

武田教授は1ミリシーベルトは危険ではないと言っていた 杜の里から

「安全派」の中村仁信氏と「危険派」の武田邦彦氏との討論という体裁で、武田氏は以下のように話しています。

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「誤解しないで頂きたいんですが、放射線を被曝することによって、その線量によっては当然、生体に対していい影響を及ぼすと思ってます」
「ホルミシス仮説なんてのはね、仮説であるはずないじゃないの。こんなの当たり前ですよ」
「原理的な話はもう十分に分かってるし、もう学問的に仮説の領域は通り過ぎていますよ。それはもう、放射線は当たった方がいいに決まってる」
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以前の主張と違うような気がしますが、ウソだと思う人は、たぶんもうレンタルで出ているはずなので、自分の目で見て確かめてみてはいかがでしょうか。

こういうことを書くと、必ず「内部被曝は違う」という人が出てきます。
我々人間の体の中には、4000Bqほどの放射性カリウムがあります。カリウムは人間にとって必須の元素ですが、そのなかには必ず同位体である放射性カリウムが含まれているのです。それらは1秒間に4000本の放射線(ベータ線が主)を出していることになるので、常に内部被曝しているわけですね。しかもベータ線は1mほど飛ぶので、人体を突き抜けて外に出てきます。となると、母親が子供を抱っこしたら、母親が出す放射線で子供が被爆し、子供が出す放射線で母親は被曝することになります。放射性セシウムも同じベータ線を出しますが、原発事故が起きる前からずっと、放射性カリウムが出す放射線で母子はお互いに被曝を続けてきたわけです。お腹にいるときからずっと。

ベータ線やガンマ線の場合、身体の外側から飛んでこようが、内側から飛んでこようが、人体を突き抜けていくことに変わりはありません。内部だろうと外部だろうと同じ被曝です。「人工の放射線と自然の放射線は違う」という人もいますが、こういうことを言う人は100%ド素人で、矛盾をごまかすためのつじつま合わせでこう言っているだけです。人工だろうと自然だろうと、アルファ線はアルファ線、ベータ線はベータ線、ガンマ線はガンマ線です。「1Bqでも嫌」という人は、自分自身のなかに存在する放射性物質と一度向き合ってみたほうがいいと思います。

他にも人間は自然界から受ける被曝として、ラドンから被曝します。地球内部のマグマの熱は核分裂反応によって生まれているということをご存知でしょうか。そのマグマが冷え固まったのが花崗岩なので、大地には放射性物質であるラドンが含まれているわけです。また、温泉というのは地下水が地熱で温められたものなので、多かれ少なかれラドンが含まれますが、ラドンがたくさん入っているとラドン温泉として有名になります。

ラドンは常温で気体なので、吸い込んで内部被曝を起こします。ラドンによる内部被曝量は、日本の平均で年0.4mSv、世界平均で年1.28mSvとされています。ラドンはプルトニウムと同じアルファ線を出しますが、アルファ線は数mmしか飛ばないので、たとえば吸い込んで肺の内壁に付着すれば放射線のエネルギーは細胞に蓄積されます。放射性セシウムと違ってラドンの場合、実際に健康被害の例が報告されています。昔は時計の発光文字盤にラジウムが使われていたので(ラジウムが崩壊してラドンができます)、時計職人に肺がんを発症する人が多かったのです。鉱山で働く鉱山労働者にも同様に肺がんが多発した例があります。ラドンはセシウムよりもよっぽど怖いのです。

ここの記事(相変わらず煽っていますが)を読むと、厚労省の調査で、1日の食生活から摂取される放射性セシウムは東京都では0.45Bq、福島県で3.39Bq、宮城県は3.11Bqと出たそうです。これを1年間の被曝量に換算すると、東京都で0.0026mSv、福島県で0.0193mSv、宮城県は0.0178mSvとなります。先ほどのラドンの内部被曝量と比較してみれば、問題にするような量ではないことがわかります。この数字を足しても、世界平均には遠く及びません。

日本の場合、西日本に花崗岩帯が多いため、東日本よりも自然放射線被曝の量は多いです。福島第一の事故の影響で若干、東京の放射線量は増えましたが、西日本には今の東京より高い地域はたくさんあります(沖縄は確かに低いですが)。つまり、西日本へ逃げて、むしろ被曝量を増やしている人も多いはずです。それもラドンによる被曝です。とすると、被曝量が増えているのに「西日本に逃げて体調不良が収まった」というのは矛盾していて、やはり精神的なストレスが原因と考えるのが妥当ではないでしょうか。

でも、西日本に逃げて被曝量が増えたからといって心配はいりません。この程度の被曝量で身体に影響が出ることなどありえないからです。ブラジルのガラパリやイランのラムサール、中国の内陸部などでは自然放射線量が年6〜10mSvにもなり、ラムサールでは火山活動が活発化すると年260mSvにまで達するなど、日本よりはるかに高い地域が世界中にはたくさんあります。そういった地域で発がん率が高いとする統計はまったくなく、むしろ低い地域が多いのです。

なぜ大丈夫なのかというと、人間は放射線に対する耐性が高いからです。わずかな放射線でそんなに簡単にがんになるのなら、放射性カリウムやラドン、宇宙から降り注ぐ宇宙線などで即がんになり、80年も長生きできるわけがありません。太古の昔から地球上には放射性物質が溢れていたので、そのなかで動物は進化を続け、放射線に対する耐性を身に付けてきたのです。人間はもっとも進化した動物の一種で、放射線だけでなく、さまざまな化学物質(という言い方は嫌いだけど、一応)に対する防御機能を備えているわけです。

低線量被曝の危険を異常なまでに煽る人々は、こういったカリウムやラドンなどによる自然被曝のことを決して語ろうとはしません。なぜなら、みずからの主張とつじつまが合わなくなるからです。無理やり整合性を取ろうとすると、「人工と自然の放射線は異る」という極めて非科学的な理屈を持ち出すしかなくなります。つまり、似非学者を見分けるポイントはここにあるのです。

こういった似非学者たちが大手のメディアにまで登場して、恐怖を煽り続けてきたわけですが、なぜメディア側はこういった人間を登場させるのかというと、煽った方が視聴率は上がり、部数が伸びるからです。煽れば煽るほど儲かる。ジャーナリズムでも何でもありません。本当は安全だということがわかっているので、安心して煽っているわけですが、それによって多くの人々が恐怖に脅え、体調を崩しているのです。瓦礫の広域処理にしても、読売新聞の全国世論調査によると、75%の人々が受け入れてもいいと答えているにも関わらず、恐怖にかられている人々が反対しているために一向に進まず、復興も遅れるという事態になっています。

低線量被曝の影響は「わからない」のではありません。「小さすぎて見えない」「他の原因にまぎれて区別できないほど小さい」のです。健康を保ちたいのなら、他にできることはいくらでもあります。もっとも、気をつけたからといって絶対にがんにならないとは言えませんけどね。個人差があるので。そこから逃げることはできません。

2011/11/30

東京大学大学院農学生命科学研究科の研究報告会レポート

11月19日に東大の安田講堂で、東京大学大学院農学生命科学研究科の「放射能の農畜産物等への影響についての研究報告会」という報告会があり、聴講してきました。

東大には何度も取材で行ってますが、安田講堂に入ったのは初めてです。安田講堂というと、60年代後半に東大闘争で全学連が立てこもり、機動隊から放水されていた映像がまず思い浮かびます。私もオンタイムで見たわけではなく、過去の事件の映像として見ただけですが、あの時代、馬鹿みたいに暴れていた人たちが、今、「放射能の恐怖」を煽りまくってメディアで暴れているというのは感慨深いものがあります。ま、どうでもいいことですが。

東京大学大学院農学生命科学研究科では、原発事故による放射性物質のフォールアウトが農畜産物にどんな影響を与えるかについて、教員40〜50人でチームを作り総力を挙げて調査・研究を行なっているそうです。まだ研究の途中段階ですが、社会に対して情報提供することが重要と判断し、中間報告という形で報告会を開いたということです。

発表された研究を全部紹介しようとしたら途方もないことになるので、かいつまんで印象に残った発表だけ紹介します。まず基本的な情報として、福島県農業総合センター生産環境部・吉岡邦雄氏の研究発表から以下の数値を出します。福島県内718か所の農地で、放射性物質の濃度を測定したところ、以下のような平均値になったとのこと。さらに濃度ごとの農地の割合も出されています。

<放射性物質の濃度の平均値>
水田   1200Bq/kg
畑    1100Bq/kg
果樹園地 1000Bq/kg
草地    900Bq/kg
その他   600Bq/kg

<濃度ごとの農地の割合>
〜1000Bq/kg  77.3%
〜2000Bq/kg  15.0%
〜3000Bq/kg   4.7%
〜4000Bq/kg   1.8%
〜5000Bq/kg   1.0%
5000Bq/kg以上  0.1%
*ただし、5000Bq/kgを超えた土地では、再度精密に調査して、「〜4000Bq/kg」だったことが判明したとのこと。

農地の8割近くが1000Bq/kg以下で、約97%が3000bq/kg以下だということです。

福島県農業総合センターでは試験的に野菜を生産し、精度の高いゲルマニウム半導体検出器4台を使って放射性物質の濃度を測定しています。すべての数値を出すのは大変なので、概略だけ。コマツナ、キュウリ、トマト、アスパラガス、キャベツ、ブロッコリー、ジャガイモ、ナスで、最大でも30Bq/kgで当然、規制値以下。大半が通常の測定ではND(検出限界10Bq/kg以下)とされる数値でした。

実際に生産された野菜のモニタリング検査でも、10月の時点で99%が規制値以下で、約70%がNDとのこと。ぶどうや梨など果樹については100Bq/kg以下で規制値は下回っているが、NDにはなっていない。しかし、果樹の場合、土から吸い上げるよりも樹皮から「転流」する割合が高く、樹皮をはぐことで9割程度減らせるとのこと。

移行係数は以下の通り。

ヒマワリ   0.0310
キュウリ   0.0028
ピーマン   0.0022
ブロッコリー 0.0015

ヒマワリはセシウムを吸い上げる割合が高く除染効果が期待されていたが、他の植物より10倍以上吸収するが、それでも効果はあまり期待できない。逆に言えば、野菜類はヒマワリよりもはるかに吸収率が低いため、ほとんど問題ないということです。

次、コメ。生産農家1173件のモニタリング検査。NDは964件(82%)、100Bq/kg以下が203件(17%)、200Bq/kg以下が6件(1%)。

前回のエントリーで、二本松地区で生産されたコメから基準値500Bq/kg以上が検出されたことを書きましたが、今日もニュースで伊達市の農家からも基準値を超えるコメが出たことが報じられました。99%が100Bq/kg以下なのに、なぜこういうことが起きるのでしょうか。

東京大学大学院農学生命科学研究科・生産・環境生物学専攻の根本圭介教授がその原因を明らかにしました。田んぼの土には、粘土分が多い「灰色低地土」と、粘土分が少なく有機物の多い「褐色森林土」の2種類があり、名前の通り、灰色低地土は平坦地、褐色森林土は山間地の田んぼに入っています。

セシウムはフォールアウトの後、陽イオン「Cs+」として存在し、土壌中の有機物と電荷による弱い結合で結びつきます。それが数か月から数年で、どんどん粘土に移行して非常に強く吸着するようになるとのことです。つまり、褐色森林土の田んぼは有機物が多く、粘土が少ないので、セシウムは粘土に吸着されづらいわけです。灰色低地土と森林褐色土では、移行率は8〜10倍もの差があるとのこと。福島ではほとんどの田んぼが灰色低地土ですが、一部の森林褐色土のコメから検出されたわけです。原因が解明されたわけですから、今後は対策の方針も立つことでしょう。

テレビや新聞では、何件か出ただけで「規制値を超えた」と大騒ぎしますが、福島の野菜やコメのほとんどはNDで、基準値を超えたのはごく一部だけなのです。

私はこの報告会に参加して、大きな希望をもちました。福島の農業は必ず復活します。

2011/10/15

福島の子供の甲状腺検査に関して

数日前に、世田谷で飯舘村並みのホットスポットが見つかったとして騒ぎになりました。結局、民家の床下からラジウムの入った瓶が発見され、福島由来ではないことが明らかになりました。マスコミはこういった恐怖を煽れるネタに飛びつくわけで、早合点して恥をかいたわけです。

一週間ほど前にもひどい報道がありました。朝の情報番組で知ったのですが、福島の浪江町から避難してきた子供たちを対象に甲状腺検査をしたところ、130人中、10人が異常値を示したという話です。番組では基準値からはずれるということはどういうことかを説明することもなく、チェルノブイリ事故で甲状腺がんになった少年たちの悲惨な映像につなげ、まるでこれから同じことが起きるかのようにイメージを操作をしていて、吐き気さえ覚えました。もし自分に子供がいて、福島に住んでいたとしたら、とても見ていられないでしょう。

新聞にしても同様です。一部引用します。

甲状腺機能:子供10人に変化…福島の130人NPO調査 2011年10月4日 毎日.jp
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長野県松本市の認定NPO法人「日本チェルノブイリ連帯基金」と信州大病院が福島県内の子ども130人を対象に実施した健康調査で、甲状腺ホルモンが基準値を下回るなど10人の甲状腺機能に変化がみられたことが4日、同NPOへの取材で分かった。
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この記事には「変化がみられた」と書かれていますが、以前と比べて数値が上昇したとか、下降したとかいった事実がなければ、「変化」とは言えないはずです。原発事故前に検査をしていないのに、毎日新聞は何をもって「変化」と呼んでいるのでしょうか。まるで、事故前は全員、基準値内だったのに、事故後に異常値を示す子供が出てきたかのようです。もちろんその可能性はありますが、事故前からそうだったという可能性もあるわけで、少なくともこの検査で「変化」があったなどとは言えないはずです。

甲状腺検査の基準値というのがどのように設定されているのかというと、「こども健康倶楽部」というサイト内の国立成育医療研究センター室長・原田正平氏が監修した「先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)」というページに解説があります。一部引用します。

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この「正常値」と言われるのはどのような「値」なのでしょうか。 ある臓器の機能の検査を、何千〜何万人分も測定し、そこで得られた値を数学的に(正しくは統計学と言います)処理して、だいたい95%の人の値が入る値の範囲を決めます。これが「正常値」と言われる値です。これらの数値は最近では「基準値」「基準範囲」といわれています。検査の数値には個人差があり、また同じ検査項目でも検査方法が異なる場合もあります。ですから「正常値だから正常」で「正常値ではないから異常」ということではありません。
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事故や被爆がなくても5%程度は基準値からはずれるのが普通の状態ということです。130人を対象に10人ということは7.7%ですが、検査対象がたった130人では1人増えたり減ったりしただけで、1%弱は変動するので、とても有意とは言えません。

この件について、Twitterのまとめサイトでも指摘されています。

福島のこどもの甲状腺検査結果の報道をめぐって Togetter

この中のコメントで、(社)日本内科学会発行の「日本内科学会雑誌 2010年4月号」に甲状腺疾患について書かれているとの指摘があったので、取り寄せて読んでみました。群馬大学大学院医学系研究科の森雅朋氏が次のように書かれています。

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潜在性甲状腺機能低下症の実態調査(網野信行)により、成人(健康診断受信者)における甲状腺機能異常を示す患者数の実態が明らかになった。甲状腺自己抗体であるthyroglobulin(TG)(筆者注:サイログロブリン)抗体またはthyroid peroxidase(TPO)抗体を示す成人者は男性で14.4%(約7名に1人)、女性で24.7%(約4名に1人)で全体では21.7%に及ぶ。
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つまり、日本人の場合、成人(15歳以上)の約5人に1人が、異常値を示すということです。子供は調査対象に入っていないので、異常値を示すのがどれぐらいの割合かはわかりませんが、7.7%という数字を取り上げて、大変だと騒ぐことはできないはずです。数値が基準値からはずれているからといって、即“疾病”の状態にあるということではないわけで、むしろ「甲状腺がんはおろか、甲状腺疾患を発症している子供は一人もいなかった」ということがわかったわけです。

私が不思議で仕方がないのは、新聞やテレビは、なぜ甲状腺疾患の専門家にコメントをとらずに記者会見の話を垂れ流すのか、ということです。その方が“加工”して恐怖を煽りやすいからでしょうか。先のTogetterによれば、まともな報道をしていたのは福島民友新聞だけだったそうです。

話は変わりますが、先週の10月7日(金)に新宿で、農業環境技術研究所の主催で「第34回農業環境シンポジウム 放射性物質による土壌汚染 ー現状と対策ー」というシンポジウムが開かれたので聞きに行ってきました。後半だけの参加で、専門的な話が多く、難解だったので、細部まで理解することはできなかったのですが、「田んぼの場合、粘土質なのでセシウムが表層に留まりやすい(表層を削れば問題ない)」「米はセシウムを吸収しにくい。もっとも吸収しやすいのは牧草」「二本松で基準値の500Bq/kgを超えたのは例外で、他の地域の米はずっと低い。二本松については原因を調査している」とのことでした。

仮に放射性セシウムが500Bq/kgだったとしても、被爆量はどれぐらいになるかというと、1kg食べた場合、

500Bq×0.000013(放射性セシウムの係数)=0.0065ミリシーベルト

毎日1kg(水を含まない生米換算)もの米を1年間食べたとしても、0.0065×365日でたった年2.3ミリシーベルトにすぎません。普通はその何分の1かの数100g程度でしょう。こんな超低線量で体に影響が出るわけがありません。福島の米はまったくもって安全と言えます。

2011/09/23

コンパクトシティ化で津波に強い防災都市を

今月初旬の台風12号による集中豪雨では、和歌山県で57名、奈良県で25名の死者・行方不明者(9月14日現在)を出すという甚大な被害が出ました。先日の台風15号でも全国で20名弱の死者・行方不明者が出ています。地球温暖化の影響かどうかは不明ですが、ゲリラ豪雨が頻発している昨今、人命を脅かすリスクは津波だけに限らないということです。

日本亜熱帯化?豪雨当たり前の時代へ――気象協会 オルタナ・オンライン

和歌山の被害状況をレポートしている下記のブログには、50年前にも大きな水害があり、祖父母の代の人々は高台に住居を構えたが、その教訓が薄れると低い土地にも建物が建てられるようになり、そういった建造物が大きな被害を受けたと書かれています。

和歌山の集中豪雨で日高川の氾濫の被害にあった、お兄さんの家にお見舞いに行ってきました

「三陸の津波被害と同じ問題を、山間部でも抱えているのです」とあります。

東北の被災地でも、今後、巨大津波を想定した都市計画を進める必要があり、高台に住居を移すという考え方が基本になっています。しかし、高台に住居を移すと、漁業や農業の従事者は田畑や港までクルマなどで「通勤」しなければならなくなり、生活が不便になります。これから30年、40年経つと震災の記憶が風化し、海に近い平地に土地が余ったりしていれば、また人が住み始めてしまうのではないでしょうか。

9月14日のエントリーでは、国や自治体は1000年に1度の巨大津波を想定して対策をしていなかったから、2万人もの死者・行方不明者を出したと書きました。しかし、実は対策をしていたおかげで、被害を抑えた自治体があるようす。それが仙台市。以下のブログには、仙台市の津波対策について書かれていますので、ぜひご覧ください。

[都市]仙台の津波と都市計画 中二階から

東京でも大阪でも、湾岸地域はこれでもかというほど開発され尽くしていますが、仙台では内陸部に中心地を築き、湾岸地域を市街化調整区域として開発せず、農地として利用してきたようです。このブログを見ると、見事に津波の浸水域と市街化調整区域がかぶっていて(塩釜港周辺を除く)、感動するほどです。コメント欄で「120%偶然ですな」とクサしている人もいますが、市街化調整区域を設定するときに「津波」が条件として入っていても決して不思議ではありません。

もちろん仙台市でも犠牲者は出ましたし、農地は塩水にさらされています。しかし、「巨大津波の対策をしていたから被害を減らせた」というのは事実でしょう。とすると、「大きな自然災害だったから、2万人もの死者・行方不明者が出たのは仕方がない」と言えるのでしょうか。“人災”とまで言うつもりはありませんが、人間の知恵で被害を減らすことは可能だったはずです。

仙台市がなぜこのように被害を減らせたのかというと、同市は「コンパクトシティ」という概念に沿って都市計画を進めてきたからです。「仙台市が目指す都市づくりの考え方」には、「これまでの外延的な市街化の拡大を防止し、過度な自動車交通への依存を改め、「軌道系交通機関を中心としたまとまりのあるまち」を目指す必要があります」と書かれています。簡単に言えば、人と都市機能を鉄道(路面電車も含む)の駅を中心に集中させ、郊外は農地や公園として残すということで、コンパクトにまとまった都市にするということです。

同様にコンパクトシティ構想を推進しているのが青森市です。同市では、これまで人口増にともなって市民は郊外へ郊外へと移転してきました。青森市は豪雪地帯で知られますが、人が住んでいる地域は自治体が道路の除雪をしなければなりません。冬季に除雪する道路の長さは年々増え続け、2005年には1300km(青森市から岡山市までの国道の距離と同じ)に達し、除雪費用は年間30億円にも達したそうです。それをきっかけとして、コンパクトシティ構想が生まれてきたのです。

具体的な計画としては、青森市内を市街地を中心とする「インナーシティ」、その周囲約4km圏内を「ミッドシティ」と設定し、さらにその外側は都市化を抑制し、自然環境、営農環境を保全する「アウターシティ」の3ゾーンに分類します。中心市街地では大型商業施設や図書館、公共施設、マンションなどの集合住宅を重点的に整備し、ミッドシティでは既存の低層の住宅地を残しつつ無秩序な開発を抑制します。独身の若者と高齢者世帯や街なかに住み、子育て世帯は郊外に住むという形になり、住み替えが簡単にできるような制度を充実させていくわけです。

地方にはクルマなしで生活できない自動車社会になっているところも多いですが、高齢化が進めば必然的にマイカーに頼る交通システムは崩壊していきます。徒歩、自転車、あるいはバスや路面電車など公共交通機関を中心に据えざるをえなくなります。地方でなぜ鉄道やバスが利用されないのかというと、人が広範囲にまばらに住んでいるために運行距離が伸びて運賃が高くり、利用者が少ないために本数が減り、本数が少ないと不便なので利用者が増えないというスパイラルに落ち込むからです。しかし、東京や大阪のように人口が集中すれば、バスや路面電車などの利用者が増え、採算が合うようになるわけです。

駅の周辺に人が集中して住むということは、鉄骨コンクリートの高層マンションに住むということになります。一戸建て住宅より、集合住宅のほうが消費エネルギーは少なくなりますし、六本木ヒルズのような天然ガス火力の自家発でコージェネレーションのシステムを住居棟に導入すれば、エネルギー消費削減ができます。停電しても大丈夫で、エコな町ができるのです。

では、「防災」という面から考えると、コンパクトシティにはどんなメリットがあるのでしょうか。仙台市は土地があるので、内陸に都市の中心を置き、津波を「避ける」ことができましたが、市の中心地が海に近く、土地が限られている地域ではそうはいきません。

安井至東大名誉教授は、「戦艦型高層住宅」と呼んでいますが、耐震性、耐津波性の高い高層マンション(RC造鉄骨10階建て程度でしょうか)を建設し、津波を「避ける」のではなく「受け流せ」ばいいとおっしゃっていました。いわゆる「津波避難ビル」で、いざというときは住民でない人々もそこに逃げ込めばいいわけです。高台まで長い距離を走って逃げるよりも、助かる確率は高まるでしょう。高台に住居を構えるよりも、農地や港などの職場に近いわけですから、利便性も高いはずです。何10年も経つと徐々に平地に住む人が出てきて、妙な不公平感も生じてきますから、初めから平地に住んでしまえばいいのです。

しかも農地を市街化調整区域として残し、集約化すれば、農業の大規模化が促進されます。農業機械の導入コストやエネルギーコストの削減が可能になり、農業の国際競争力も高まるでしょう。東北の被災地が、国際的な競争力をもつ現代的な農業で復活するというのは、理想的であるように思いますが、いかがでしょうか。

最後になりましたが、私は都市計画の専門家でも何でもありません。単なる素人の意見、というか希望というか、その程度の話ですのでご注意ください。

2011/09/15

DASH村の除染作業実験について

9月11日(日)の日本テレビ「ザ!鉄腕!DASH!!」で、福島県浪江町にあるDASH村での除染作業(実験)の模様を放映していました。DASH村は福島県第一原発からおよそ25kmの位置にあり、計画的避難区域に指定されています。番組では、TOKIOの山口達也氏と三瓶明雄氏の他、番組スタッフに、指導者としてJAXAの長谷川克也研究員と三重大学の加藤浩助教が村に入っていました。

JAXAの宇宙農業サロンを主催する山下雅道研究員は、放射能汚染農業土壌の除染プロジェクト「ひまわり作戦」を計画しており、おそらく長谷川研究員はそのメンバーなのだろうと考えられます。

DASH村敷地内の放射線量は、日本テレビのサイトの「DASH村の現況報告」というページに、測定データ(2011年7月16日測定)が掲載されています(「DASH村の現況報告」をクリック)。番組内ではガイガーカウンターをいろいろな場所に近づけて測定していましたが、サイトに掲載されているのは胸高で測定した正式な数値です。テレビなどでは地面に近づけて測ってワーワー騒いでいるのをよく見かけますが、比較するためには地面から100cmの高さで計測するのが正しい測り方です。詳しくは「放射線の正しい測り方-鈴木みそ」を参照。

この測定データを見ると、「枯れ葉」の堆積している場所がもっとも線量が高く毎時35μSV、もっとも低いのが「家前」の土が露出している場所で毎時10μSv、田んぼや畑など半年間放置されて雑草が生い茂っている場所で毎時12〜18μSvとなっています。ここで数時間ほど活動するだけなら、あんな大げさな防護服が必要かなあと思わないでもないですが、それはおいといて。

番組では何か所かにひまわりの種を植えて、経過を見守ることになっています。村に入ったのが7月16日で、すでに2か月近く経過しているので、近い内に続編が放映されるのかもしれませんが、今回は現時点での分析と予測を書いてみます。私はファイトレメディエーションの専門家でも何でもないので、あくまで素人の論であることにご注意ください。私はこう思うという単なる感想みたいなものです。

まず線量がもっとも高い「枯れ葉」のところですが、3月中旬に福島第一で水素爆発が起きて放射性物質がフォールアウトしたときに、枯れ葉はまだ樹木に生えていたのかもしれません。放射性物質を付着した葉が落ち、風の吹き溜まりになっているここに溜まった可能性があります。そうでなかったとしても、それ以前からここには枯れ葉が溜まっていたはずなので、放射性物質が土にまで到達している分は少なく、枯れ葉を除去するだけで線量は相当に落ちるような気がします。土が露出している「家前」より下がるかもしれません。

次に、「田んぼ」や「畑」「牧草地」などの場所ですが、「家前」の10μSv/hよりも高い数値が出ているわけです。3月中旬のフォールアウトの時点では、まだ雑草は生えておらず「家前」と同じ土が表出した状態だったはずなので、普通で考えれば同程度の数値が出ていてもおかしくありません。ところが、「家前」より高い数値が出ているということは、雑草が放射性セシウムを吸い上げていると考えるのが妥当な気がします。ただ、どれだけ吸い上げているかを判別するのは難しいところです。というのは、雑草がかなり伸びているため、吸い上げた放射性物質が微量であっても、茎の上部にまで吸い上げられていると、胸の高さにあるガイガーカウンターに近くなり、測定値が大きくなるからです。

と、書いていたら、まさに今、日テレのニュースで「農水省が実施していた実験で、ひまわりに除染効果がないことが判明した」と流れてきました。8月21日のエントリーで、「チェルノブイリ救援・中部」という支援団体が「菜の花が1年間に吸い上げる放射性物質は数%程度に過ぎない。土を耕すひまわり栽培は注意すべき」という声明を出していることを書きましたが、同じような結果が出たようです。

ヒマワリは除染効果なし 農水省が実験結果公表 asahi.com

ファイトレメディエーションの効果については、福島県農業総合センターでも検証しており、福島民報の記事「玄米から検出は微量 県農業総合センターが栽培試験」では、「ひまわりの放射性物質の移行率は1〜1.5%」と報じられています。ちなみに、この記事には「高濃度の放射性物質を含む土壌でコメを栽培しても、玄米からの検出量はわずか」で、米を作ってもまったく安全であると書かれています。稲の吸収率が低いことが逆に良かったということですね。

ひまわりの除染効果は疑わしいと考えるのが妥当のようです。ではなぜ、DASH村の雑草は吸収した(ように見える)のでしょうか。もしかしたらフォールアウトの後、雨でセシウムが土に染み込んでいくときから雑草が伸び始めたから、比較的よく吸収したのかもしれません。あるいは、土を耕さない状態のほうが吸収しやすいのかもしれません。これについては検証を待つ必要があります。

いずれにせよ、枯れ葉や雑草の除去で、おそらくDASH村内は「家前」の10μSv/hと同程度かそれ以下にまで下げられると考えられます。10μSV/hという線量は、仮にその場に24時間365日、立ちっぱなしで、「10μSv/h×24h×365日=87600μSv」となり、線量は年間87.6mSv。これが10分の1ぐらいになれば十分安全と言えるでしょう。毎日、一日中、外で突っ立っているわけではないので、現実の被曝量は大幅に下がります。

ひまわりの種をまいて刈り取るほうが、手間もコストも少なくてすみますが、効果がなさそうだということがわかった以上、土の表層数cm程度を削り取るしかないと思います。先ほどのasahi.comの記事には、除染技術ごとの効果が掲載されていて、「牧草ごと土地をはぎ取る」97%減、「固化剤ごと土を削り取る」82%減、「表土を削り取る」75%減と出ています。元ネタは農水省の以下のリリース。

農地土壌の放射性物質除去技術(除染技術)について 農水省

表土剥離によって8割から9割ぐらいは減少するので、ここまですればまったくもって安全なレベルにまで下がると言えます。

農地については表土剥離の後、耕すことになるので、通常より深めに掘って耕せば、線量はさらに減少するでしょう。放射性物質にしても結局は濃度の問題であって、薄ければ何の問題もないのです。前述した福島県農業総合センターの実験にあるように、玄米は土壌中の放射性物質をほとんど吸収しないようですから、他の作物も試験的に作って線量を測って検証すべきでしょう。こうなると、むしろ「植物が放射性物質を吸収しない」ほうがメリットは大きいのかもしれません。

ゼロリスク信仰に囚われている人々は、「こんな土地で採れた作物なんて!」とヒステリー起こすかもしれませんが、実際に採れた作物の放射性物質の含有量を計測して基準値以下であれば、何の問題もないですよね。人間の体のなかには5000Bqぐらいの放射性物質が存在していて、過去の核実験の影響で、超微量ですがプルトニウムも体内にあります。放射性物質を付着した黄砂が降っているなかでも、何の疑問ももたず「安心」して外出していますよね。メディアは「内部被爆」で大騒ぎですが、前回のエントリーでも書いたように、もっとも内部被曝量の多かった浪江町の子供たちでも、内部被曝量は70歳までの累積で、たった3mSv未満(推計値)なのです。

さて、次の段階ですが、集めた枯れ葉や刈り取った草、削り取った表土の処分をどうするかです。枯れ葉や雑草に関しては、通常の焼却処分ではなく、蒸し焼きにして飛散を防ぎながら体積を減らすという実験が始まるそうです。

農水省、福島・飯舘村に試験炉-放射性物質含むヒマワリ、蒸し焼きで飛散防ぐ 日刊工業新聞

削り取った表土の処分については、DASH村のような狭い土地であればさほど問題になりませんが、福島県内の農地にまで広げると何1000万トンもの量になると見込まれ、それが課題となっています。そんななかで、産業総合研究所は、土壌中の放射性セシウムを吸着する「プルシアンブルーナノ粒子吸着材」を開発したと発表しました。

土壌中のセシウムを低濃度の酸で抽出することに成功
プルシアンブルーを利用して多様な形態のセシウム吸着材を開発

この技術を使えば、「12000Bq/kgの土壌を現在作付け制限の基準値となっている5000 Bq/kg以下にすることができる」としています。さらに処理温度を200℃にまで上げれば、ほぼ100%放射性セシウムを除去できるそうです。洗浄に利用する酸水溶液は、酸濃度の調整のみで繰り返し利用できるとしています。ここにははっきりと書かれていませんが、洗浄後の土は農地に戻せるということでしょう。廃棄物を大幅に減量できるということです。

除去した放射性セシウムの残渣は、どう処理するのか不明ですが、放射性セシウムの半減期はセシウム134が2年、セシウム137が30年と、ウランやプルトニウムなどに比べればはるかに短いです。セシウム134と137の存在割合はほぼ半々で、30年経てばセシウム134はほぼ消滅、セシウム137は半分になるので、現在の4分の1になります。100年経てばおよそ20分の1と問題のないレベルになります。ですので、どこかに埋設処理するということになるのでしょう。

DASH村の場合は小さな土地なので、やろうと思えばコスト無視で完璧に除染することは可能でしょう。しかし、テレビの影響力というものも考える必要があると思います。同じことを福島の農地すべてでできるとは限らないからです。どこまでやれば安全なレベルに達したと言えるのか、その判断の基準を視聴者に説明することを望みます。公的な基準に合わせるというのが無難だと思うのですが。

2011/09/14

「安心」と「安全」の違い

東北地方の歴史を遡ると、岩手県から福島県にかけて巨大津波が襲ったのは865年(貞観津波)のことで、まさに1000年に1回の規模の大津波が東北地方を襲いました。この津波で2万人もの人々が死亡・行方不明になりましたが、高さ20mを超えるような巨大津波を想定して、国や自治体は対策をしていたでしょうか。まったくしていなかったからこそ、これほど多くの被害者が出たわけです。

岩手県の宮古市田老地区には日本一といわれる高さ10mの防波堤があり、1960年のチリ地震津波から村を護りました。しかし、今回の大津波には耐え切れませんでした。

「日本一の防潮堤」無残 想定外の大津波、住民ぼうぜん asahi.com

一方、福島第一原発は5.7mの津波にも耐えられるように設計されていましたが、13mのの大津波に襲われて冷却用電源を消失し、事故を起こしました。甚大な経済的被害をもたらしましたが、原発周辺の住民に放射能災害で亡くなられた方はいませんし、これからもほとんど出ないでしょう。

福島県で住民の「内部被曝量」の先行調査を行なったところ、内部被曝線量がもっとも高かった浪江町の子供でも、70歳までの累積で推計「3mSv未満」だったそうです。

浪江町の子ども、生涯3ミリシーベルト未満も 内部被曝調査で 日本経済新聞

生涯でたった3ミリシーベルト。反原発団体は「子供の尿から放射性セシウムが出た」と騒いでいましたが、尿から検出されるということは「体外に排出されている」ということです。今まで内部被爆で騒いでいたマスコミは、もう少し冷静になるべきでしょう。

土地や家を放射能で汚染されて住めなくなった方たちの悲しみには言葉もありませんが、津波に流されて亡くなった方たちの恐怖と絶望も想像を絶するものだったでしょう。大津波は農地や家も徹底的に破壊し、海水(塩水)にさらされた田畑を復活させるのも容易ではありません。生き残ればそれを嘆くこともできますが、亡くなられた方はもはやそれさえもできないのです。1000年以上前に巨大津波があったことは史実として残されていたのに対策をしなかったから、こういう悲劇が起きたわけです。

(財)エネルギー経済研究所が6月24日に公表した「原子力発電の再稼働の有無に関する2012年度までの電力需給分析」によれば、原発を再稼働しない場合、2012年度の夏季には電力供給が7.8%足りなくなり、12年度の化石燃料調達費は3兆5000億円増加すると試算しています。燃料費の増加を電気料金に上乗せすれば、家庭用で18.5%、産業用で36%も上昇します。中東などの産油国に丸々3兆5000億円を献上するだけで経済効果はゼロ。しかも原発を再稼働しなければ、毎年毎年この負担が続くわけです。

今夏は15%の節電を強要されましたが、原発54基中16基がまだ稼働しているからなんとか乗り切れたわけです。しかし、史上空前の円高に加え、電力不足と電気代の高騰が続くのであれば、日本企業の工場はどんどん海外に逃げ出します。同研究所は、7月28日の「短期エネルギー需給見通し」で、原発の再稼働がない場合、12年度末までにGDPは3.6%減少し、失業者が約20万人増えるという試算も公表しています。

このまま産業空洞化が進んで失業者が溢れ、景気が後退していけば、電力需要は減少し、いずれ火力と水力だけで電力需要を賄えるようになり、脱原発が完遂されるでしょう。それまでに燃料費で数10兆円ものお金が吹っ飛び、日本はバブル崩壊のときよりひどい経済停滞に落ち込むでしょうが、即時全基停止でいったい何人の命を救えるのかというと、効果はほぼゼロです。むしろ、老朽化した火力発電所を無理に運転して大気汚染が悪化し、気管支喘息や肺がんなどで亡くなる人が増える可能性もあります。失業者が増えれば自殺者も増えるでしょう。911テロの後、多くのアメリカ人が飛行機を避けて自動車を利用したことで交通事故が激増し、1600人も死者が増加したのと同じです。

私には不思議で仕方がありません。孫正義氏らは「未来の命を救う」ために脱原発を唱えているわけですが、数10兆円ものお金を使うのなら、原発を止めるより、津波の対策をした方がはるかにたくさんの命を救えるのではないでしょうか。原発周辺の海に近い地域に住んでいる人々は、「原発を止めろ」ではなく、なぜ「津波対策をしろ」と言わないのでしょう。原発がなくなっても大津波に襲われたらひとたまりもないのです。原発事故では避難する時間が十分にありましたが、津波の場合は逃げ切れなかった人が2万人もいたわけです。自分だけは逃げ切れると思っているのでしょうか。自分は逃げられたとしても、子供や高齢者は逃げ切れるでしょうか。

「安心」と「安全」は違うといわれますが、「安心」っていったい何なのでしょう。
生肉を食べて腸管出血性大腸炎にかかる人は毎年100〜300人いて死者も出ています。生で牛肉を食べるのは危険なのですが、店側が商品として提供しているから「安心」して焼き肉店でユッケを食べて、4人の方が亡くなりました。シロウオの踊り食いが今も提供されているのか知りませんが、川魚には寄生虫がいるのが当たり前で、食中毒がしょっちゅう起きています。食中毒になるなど夢にも思わず、「安心」して食べてあたるわけです。「安心」って何なのでしょう。

反原発ヒステリーを起こして全基停止を主張している人々は、とにかく「原発が止まれば安心」なのかもしれませんが、現実には何一つ命を脅かすリスクは減ってなどいません。今回と同規模の津波に襲われたら、また何万人という単位の人々が亡くなるのです。

2011/09/13

フランスの核施設で爆発事故

フランス南部マルクールの核廃棄物処理施設で爆発事故が起きました。

仏の核施設で爆発、1人死亡4人負傷 「放射能漏れなし」 当局は収束宣言 日本経済新聞

情報が錯綜していて、正確なところはわかりませんが、低レベルまたは極低レベルの金属放射性廃棄物を溶かす炉のある施設のようです。報道では「溶融炉」という言葉が使われているので(2ch系のサイトでは「核溶融炉」と書かれている)、何か核燃料の類いを扱っているような気がしてしまいますが、おそらくは製鉄所の電炉のような炉がある施設だと考えられます。核廃棄物といっても、原発内で使用した工具やポンプなどのスクラップや作業服、手袋などで、もともと大量の放射性物質がある場所ではないはずなので、当局の「放射能漏れはない」という発表は本当だろうと思います。放射性物質は放射線を出すので極めて微量でも簡単に検知でき、それゆえに今、日本中で大騒ぎになっているわけですが、もし外に漏れていたら周辺各国で即座に検知されているはずです。北朝鮮の核実験でも瞬時に偵察衛星で検知できるわけです。

政府当局者は「人的なミス」としているようですが、いったい何が原因なのでしょう。「製鉄所 爆発事故」でググってみるとわかりますが、一般的に爆発事故が起きやすいのは石炭を原料に使うコークス炉などの高炉メーカーの製鉄所で、コークス炉ガス(COG)のガス爆発事故がかなりの頻度で起きていて、事故のたび、多くの作業員の方々が亡くなられています。ただ、スクラップを融かす施設なので、おそらくは電炉だと考えられます。電炉の場合、廃棄物に水が多量に含まれていて水蒸気爆発を起こすことがあるようですが、水蒸気爆発で遺体が炭化するほど燃え続けるだろうかという疑問が残ります。可燃性の燃料がないとそういう状態にはならないような気がします。もしかしてテロ? という気がしないでもありませんが、今後の事故調査を見守る必要があるでしょう。

いずれにせよ、原子炉以外の周辺施設は安全基準が緩いので、こういった事故は起きうるわけですが、福島の事故の後で「核廃棄物の処理施設で爆発事故」となると、フランスのエネルギー政策にも影響を及ぼす可能性は否定できません。フランスは電力供給の8割を原子力に頼っている国で、普通で考えれば脱原発は不可能ですが、もし国民がヒステリー起こして是が非でもやるとなれば影響はEU全体に及びます。図(エネルギー白書2010より抜粋)にあるように、ドイツもイタリアもイギリスもスペインも、みんなフランスの電力に依存しています。フランスに電力を輸出に回す余力がなくなれば、各国とも自前で賄わなければならなくなります。自前で火力発電所を建設していくしかなく、化石燃料は高騰し、各国の脱原発政策にもブレーキがかかるでしょう。これはあくまで「フランスが脱原発を選択したら」という仮の話で、そうはならないとは思いますが。

2011/08/21

ようやく福島に「除染チーム」が設置される

細野原発担当相は福島県知事との20日の会談で、放射性物質の除染活動を担う「除染推進チーム」を福島県に設ける方針を伝えたとのこと。

「除染チーム」福島で立ち上げへ 細野原発相が表明

ようやく、です。

以前、放射線医学が専門の大学教授や原子炉設計の専門家の方から除染に関する話をお聞きしたので、一部をここで紹介しようと思います。お名前を出すとご迷惑をおかけする可能性があるので、ここでは伏せさせていただきます。

半減期が8日のヨウ素131については、すでに事故から半年近く経過した現在では検出限界以下にまで下がっているので、除染の対象になるのはセシウム134(半減期2年)とセシウム137(半減期30年)が主です。検出されているセシウム134と137はほぼ同じぐらいの量です。仮に事故から2年経つと、セシウム134は半分になり、セシウム137はほとんど減らないので、線量は約4分の3ほどに下がります。30年経つとセシウム134はほぼ消滅して、137は半減するので、線量は約2分の1。飯舘村や浪江町などには空間線量が10μSV/hを超える地域が多々ありますが(10μSV/hを年間の積算量に換算すると87mSv/h)、理論的には30年経ってもその半分程度にしかならないということです。

ただし、これは風雨の影響を無視した話で、セシウムは水溶性なので実際には雨に洗われて川に流され、海で希釈されていきます。洗い流される量は表面積で変わり、アスファルトの道路やコンクリートの建物が多い街中の地区では、洗い流される割合が高いので、実際に放射線量は低い傾向にあります。

問題は自然拡散があまり期待できない森林や農地など土の地面ですが、セシウムはどうもコロイドのような固まりになって表層に溜まっているようで、表土を5cmぐらい削るだけで線量は何10分の1かに下がるそうです。学校の校庭で表層を削っていたのはそのためです。削った土をどこに持っていくかで揉め、結局、校庭の隅に積んであるようですが、農地を除く校庭や公園などでは1mぐらい掘って、土をひっくり返すという方法も考えられるそうです。線量は距離の2乗に比例するので、地下に埋めてしまえばほとんど影響がなくなるわけです。

農地の場合は、やはり表土を削って別の場所に保管しておくことを真っ先にやるべきと考えられます。ひまわりなどを植えて土中のセシウムを吸収させるバイオレメディエーションの実験が始まっていますが、チェルノブイリの土壌浄化活動を行なっているチェルノブイリ救援・中部の見解が以下にあります。

ヒマワリ栽培による放射能汚染土壌の浄化は可能か

本家サイトにこの文書はみつからなかったのですが、おそらくは機関誌か何かからの転載なのでしょう。この文書によれば、水に溶けたセシウムは吸収できるが土に固着したセシウムは吸い上げるのが難しく、菜の花が1年間に吸い上げる放射性物質は数%程度だそうです。チェルノブイリの場合は事故後25年経って始めたため、土壌の数10cm地中まで浸透していて表土剥離が不可能だったので、菜の花を使ったとのことです。日本は雨が多いので条件が異なるかもしれませんが、逆に浸透が早まる可能性も考えられます。実験は実験としてやるべきで経過を見る必要はありますが、一刻も早く表土剥離は実施すべきではないでしょうか。

森林の場合は樹木が生えているのでブルドーザーを入れるのは難しいですが、教授が岩手県で行なった調査によれば、枯れ葉や下草が積層しているため、セシウムは土にまで到達していなかったそうです。冬になれば樹木に生えている葉も落ちますから、枯れ葉と下草を除去すれば線量を下げられるはずだとおっしゃっていました。

個人的には、削った表土や刈り取った草は、福島第一原発の敷地内に持ち込んで保管すればいいのではないかと思います。廃炉まで10年以上かかり、その後も立ち入り禁止区域として管理するしかないわけですから。並行して除染処理をするとしても都合がいいかもしれません。

除染で安全なレベルに線量を下げられる地域から先に、表土剥離などの介入措置をどんどんやっていくべきだと思います。それに加え、地域ごとの放射線レベルの情報公開していくことも必要でしょう。一方で、原発の20km圏内には線量が高すぎてどうにもならない区域もあると考えられます。今日のNHKニュースで、そういった土地の買い取りに関する報道がありました。

一部区域 国が土地買い取りも NHKニュース

いつまでも先の見えない避難生活を続けるよりは、新たな土地で新たな生活を始める方が、住民の方々の精神的な負担は小さくなるように思います。もちろん、これは当事者と国、自治体、東電が交渉して決めることで、周りがとやかく言うことではありませんが、そういうオプションが提示されなければ決断することもできないように思います。

2011/08/12

孫正義VS堀義人 トコトン議論を生で見てきました

先週の金曜日(8月5日)に「孫正義VS堀義人 トコトン議論」という討論会が開かれ、会場に足を運んで見てきました。USTREAMでライブ配信されたので、会場にわざわざ行く必要はなかったのですが、一応、生で見ておこうかと。現在でも下記から見られます。

孫正義×堀義人 トコトン議論 〜日本のエネルギー政策を考える〜 USTREAM

6月19日のエントリーでも書きましたが、孫氏は原発を廃止して太陽光発電など再生可能エネルギーで代替せよという立場で、自治体に声をかけて「関西広域連合」を組織してメガソーラーを建設し、20年間40円/kWで買い取れと主張しています。首相に個人的に働きかけて、みずからの事業に便宜を図ろうとしているわけで、この行為を堀氏は「政商」と呼んで批判してきました。ソフトバンクは風力発電の事業者にも出資しているようで、経済ジャーナリストの町田徹氏も孫氏を批判しています。

菅首相「脱原発」で儲ける「政商」ソフトバンク 太陽光よりおいしい風力発電にまでこっそり食指を延ばしていた 定款変更前に「補助金ビジネス」に参入 現代ビジネス

孫氏は堀氏からの批判を受けて、トコトン議論しようじゃないかということで、今回の公開討論会が開催されたということです。孫氏のような社会的に影響力のある人が暴走すると、本当に日本経済が破壊されかねないので、誰かが止めないといけない。その意味で、“脱原発ファシズム”の空気が支配的なこの時期に、孫氏に挑んだ堀氏の勇気には拍手を送りたいと思います。

ただ、いかんせん、孫氏は天才的にプレゼンがうまかった。この点についてだけは本当に勉強になりました。単純でわかりやすい話を感情に訴えかけて話すという手法を全面的に展開してきたので、データで論破する姿勢の堀氏は歩が悪く、Twitter上では孫氏の圧勝というムードが漂っていたようです。

しかし、聴衆が支持したからといって、その論が正しいかどうかは別の話です。国民の圧倒的支持で民主党政権が誕生しましたが、今、その選択が正しかったと考えている人はいったいどれほどいるでしょうか。

で、今回は孫氏の主張で気になった点について、ネチネチと反論していこうと思っていたのですが、やっぱり考え直しました。というのも、孫氏は以前まで「原発を全停止して、太陽光などの再生可能エネルギーで補う」との主張をしていましたが、この公開討論会では、火力をフル稼働して足りない分を原発で補うとする「ミニマム原発論」を主張したからです。つまり、原発の再稼働を容認したわけです。

福島原発の事故後、初期の段階で、孫氏はかなり筋の悪い情報ばかりに触れて「全基停止」と主張していたわけですが、さすがに時間が経って冷静になったのでしょう。今まで何度も書いてきましたが、今すぐ全基停止などしたら、電力不足で国内の工場はみな海外に移転し、産業の空洞化で日本経済は崩壊します。「節電して足りているからヨシ」とするような問題ではないのです。24時間稼働で定期点検のときにしか止めないような工場では輪番操業などできず、工場を止めるしかないわけで、この状態がずっと続くのなら日本から逃げ出すしかありません。産経新聞の報道によれば、実際に日本企業は続々と日本から逃げ出しています。

国内企業、電力不足で日本脱出続々 “思い付き”脱原発にも不信感 MSN産経ニュース

孫氏によれば、ソフトバンクでは13時〜16時のピーク時間帯にオフィス内のPCの電源を落とし、iPadやiPhoneで仕事をするようにして30%の節電を目指しているそうですが、携帯の基地局に関しては電源を落としていないわけです。同様に、一般企業でもオフィスのエアコンやエレベータを我慢することはできますが、工場は止めるわけにはいかないのです。現在の東電の供給余力の大きさを見ると、すでに空洞化は相当進んでいて、もう手遅れのような気がしないでもありません。もっとも、現在の世界同時株安が世界恐慌にまで発展すれば、再稼働もクソもないような気がしますが(笑)。

さすがに東証一部上場企業のCEOだけあって、現実を見て「目が覚めた」のでしょう。原発の稼働にはリスクがあるかもしれませんが、自動車にも飛行機にもタバコにも酒にも携帯電話にも同じようにリスクがあります。原発を「再稼働しないこと」にも大きなリスクがあります。節電の影響がどこまであるかは不明ですが、今年の熱中症の死者数はすでに98人に達し、過去最悪のペースとなっています。

なぜ埼玉で急増? 熱中症による死者、全国最多の理由 MSN産経ニュース

前述したような産業空洞化が進めば、失業や倒産で自殺者も増えます。「経済の問題」はまぎれもなく「命の問題」なのです。まして早急に再生可能エネルギーで原発を代替しようとすれば、電気代が高騰し、空洞化を加速します。仕事のない若者が増えれば、イギリスで起きているような暴動が日本でも起きるかもしれません。反原発活動家の人々の狙いはまさにそこにあるわけです。貧富格差が拡大し、貧困層に不満が鬱積していけば、それを組織化して勢力拡大に結びつけられるのです。

太陽光発電の高額買い取りも貧富格差を拡大させる政策です。一戸建ての持ち家に住むお金持ちしか導入できないわけですから。WIREDのインタビューで、ビル・ゲイツ氏は面白いことを言っています。

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Q&A:ビル・ゲイツ、世界のエネルギー危機について語る

アンダーソン:ゲイツさんの家にソーラーパネルが設置されることはない、と言えば十分でしょうか?

ゲイツ:いや、私たちも皆さんと同じように見てくれをよくするのは好きなのです。豊かな人々はいいのです、したいようにできるのですから。

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辛辣すぎます。

最後に1つだけ、孫氏の主張に反論を書きます。おそらく多くの聴衆が「素晴らしい案だ」と感じたであろう提案に関してです。孫氏は「日本中の石炭火力を天然ガス火力に置き換えれば、出力が1.6倍になり、増加分で原発20基分の電力を賄える」「これから2〜3年で可能」と主張していました。しかし、これは減価償却の問題をまったく無視した意見です。日本の石炭火力は、70年代のオイルショックを契機に電源の多様化のために進められてきました。つまり、アメリカや中国などと違い、歴史が短く、発電所も新しいのです。しかも発電量は全電力の25%ほどで、原発とほとんど同じぐらいの規模です。減価償却の終わっていない新しい炉を廃炉にして、天然ガス火力に置き換えるという案はまったく馬鹿げていて、別の場所に新規に天然ガス火力を建設すればいいだけのことではないでしょうか。石炭をやめて天然ガスに完全に依存するのもエネルギー供給の安全保障から考えれば極めて危険です。世界の天然ガス市場を牛耳っているのはロシアです。日本が天然ガスに完全依存すれば、必ず足下を見られてふっかけられることになります。

どの道、原発の新規建設などもう不可能なのです。運転開始後40年以上を経た古い原子炉から順に廃炉にして、天然ガス火力、あるいは石炭火力に置き換えるという形でいいのではないでしょうか。再生可能エネルギーは少しずつ増やしていく。個人的に、孫氏には太陽光や風力ではなく、「地熱」に取り組んでほしいと思います。これまで何度も書いてきましたが、太陽光や風力などふらつく電源を大量導入するには、バックアップ電源が必要で火力発電の余力が不可欠なので、孫氏の火力を「フル稼働」させる「ミニマム原発論」とは相入れないことになります。しかし、安定的に発電できる地熱に関してはバックアップの電源が不要です。なぜ普及しないのかというと、既得権や規制の壁があるからで、それらをぶっ壊すのは孫氏の得意技だったように思います。

2011/07/18

長崎大学・山下俊一教授を反原発作家が告訴

BLOGOSに田中龍作という人の下記のような記事が載っています。

【福島原発事故】 東電最高幹部、山下教授ら張本人32名を刑事告発 〜上〜

これは記事の一部のようで、全文が下記の個人ブログにあります。

【福島原発事故】 東電最高幹部、山下教授ら張本人32名を刑事告発 〜上〜
【福島原発事故】 東電最高幹部、山下教授ら張本人32名を刑事告発 〜下〜

広瀬隆氏と明石昇二郎氏が、東電幹部や原子力保安院幹部、福島県放射線健康リスクアドバイザーの山下俊一・長崎大学大学院教授らを業務上過失致死傷や業務上過失致傷などの容疑で刑事告訴したというのです。

福島の事故で、周辺住民は多大な精神的苦痛や経済被害を被ったわけで、東電や原子力保安院を告訴するというのは理解できますが、「業務上過失致死傷」「業務上過失致傷」で訴えるというのはどういうことなのでしょう? 周辺住民のなかから原子力災害による死者は一人も出ていないし、傷害についても同様のはずです。自殺された農家の方はいましたが、反原発派が「放射能デマ」を撒き散らして風評被害や差別を拡大させていることを考えれば、広瀬氏らはむしろ逆に訴えられても仕方がないようにも思えます。

しかも山下俊一・長崎大学大学院教授を告訴するという行為に至っては、もはや理解不能です。“作家”であって放射線被爆の専門家でも何でもない広瀬氏らが、放射線医学の権威で、世界保健機関(WHO)緊急被曝医療協力研究センター長を務め、チェルノブイリでも何度も現地調査を行なっている山下教授を、自分たちが主張する「放射線被爆の被害」を認めないからといって告訴しているのです。イデオロギーに囚われた人間の恐ろしさがここでも見られます。

気になるのはこの記事を書いている田中氏の姿勢で、全面的に広瀬氏らを支持する立場に立って“悪役”呼ばわりしていますが、逆に名誉棄損で訴えられないか心配になります。この記事、ざっと読んだだけでいくつも間違いを指摘できるからです。たとえば、こんな記述です。

「チェルノブイリ事故では死者が4,000人とも100万人とも報告されている」

05年に国際原子力機関(IAEA)や世界保健機構(WHO)など国連8機関とウクライナ、ベラルーシ、ロシアの代表などで構成されたチェルノブイリ・フォーラムが発表した数字では、「将来にわたる死者数は約4000人」とされているので、4000人はいいとして、リスクをもっとも過大に評価している反原発団体のグリーンピースの試算でさえ、「全世界で9万3000人」です。桁が2桁も違う「100万人」の根拠はどこにあるのでしょう。

「同事故を凌駕する福島原発の事故で、死傷者が出ないはずはない」

これなどは単なる思い込みに過ぎず、いったいいつ福島の事故がチェルノブイリを超えたのでしょうか? 同じレベル7の事象でもチェルノブイリでは、格納容器のない黒鉛減速炉が水素爆発を起こして放射性物質のほとんどが飛散しましたが、福島の事故では原子炉から放出された放射性物質の量はチェルノブイリの約10分の1で、しかもそのほとんどは原発建屋の地下に溜まった水のなかにあります。施設外への放出量でいえばオーダーは2桁違うでしょう。前回の記事でも書きましたが、チェルノブイリの事故に比べて、周辺住民の放射性ヨウ素の被曝量は100分の1以下で、しかも日本人の場合は昆布やワカメなど海藻類を摂取するので甲状腺にヨウ素が溜まっていて、放射性ヨウ素が溜まりにくいとされています。

この記事を読む限り、こういった過大なリスク評価の根拠としているのは「ヨーロッパ放射線リスク委員会の報告書(ECRR)」のようです。しかし、欧州放射線リスク委員会(ECRR)というのは、リンク先のWikipediaのページを読んでもらえばわかりますが、「1997年に組織された非公式の委員会である。委員会と名前がついているが欧州評議会及び欧州議会とは関係ない別個の組織」で、実態は、欧州の反原発団体が集まって作った組織に過ぎません。つまり、田中氏の「欧州議会に設置されている」という記述も間違いです。

しかもこのECRRについて、京大原子炉実験所の今中哲二助教は、下記URLの資料で「つきあいきれない」と評しています。今中助教は、同じく京大原子炉実験所の小出裕章助教とともに30年来、反原発活動を行なってきた“熊取六人衆”の一人です。

低線量被爆リスク評価に関する話題紹介と問題整理 今中哲二

最後から2ページ目のところで、今中助教はこう述べています。
「ECRRのリスク評価は、「ミソもクソも一緒」になっていて付き合い切れない」
「ECRRに安易に乗っかると、なんでもかんでも「よく分からない内部被爆が原因」となってしまう」
日本の反原発派の理論的支柱となっている人でさえ、あきれる組織だということです。そもそも、ほんのわずかでも科学リテラシーがあれば、「福島第一原発から100km圏内では今後10年間に10万人以上がガンを発症する」という記述をストレートに信じ込めるわけがないのですけどね。

で、反原発団体の招きで、ECRRのクリストファー・バズビー科学議長が来日しているようで、

東日本大震災:福島第1原発事故 内部被ばく最も懸念ーークリストファー・バズビー氏 毎日.jp

放射性セシウムに汚染された牛肉の流通問題について、バズビー氏は「食品による内部被ばくは代謝で体外に排出されるので危険性はあまり高くない」と語ったそうです。放射線リスクを世界でもっとも高く見積もる人々が、牛肉は大丈夫だと(笑)。政府は規制値を上回ったから危険だと騒いでいますが、確かに、嘘ばっかりですね!

前回の記事でもかきましたが、日本にはこれまで30年来にわたって、中国から放射性セシウムを含む黄砂が大量に飛んできています。自民党政権時代から政府はずっとこのことを隠し続けてきました。黄砂は中国都市部の大気汚染の原因になっている有害な化学物質も一緒に運んできます。反原発派の人々が言うように、低線量の被爆で、もしそんなに簡単にがんになるのなら、今ごろ西日本に住む人々は全員がんで死んでいるかもしれません。日本人の死亡原因の第1位はがんですが、それは日本人の平均寿命が長いからで、他の国より特異的に高いわけでもありません。

今の若い人たちは左翼運動に免疫がないので、仕方がない面もあるとは思いますが、彼らにとってみれば赤子の手をひねるようなものでしょうね。政府や東電は嘘ばっかりで信用できないというのはいいんですが、同じように、作家さんや市民科学者さんや助教さんのいうことも少しは疑ってみてはいかがでしょうか。

2011/07/09

「低線量でも人体に影響がある」のなら「黄砂」の影響は?

6月9日のエントリーで、
「動物細胞を使った実験では、低線量の放射線でも害があることが確認されていて、それゆえに「わずかな放射線でも人体に害がある」と声高に叫ぶ人がいる」
と書きました。この「わずかな放射線でも人体に害がある」という説はペトカウという学者(医師)による実験が最大の論拠になっているのですが、反原発派の人々はこれをかなり歪曲し、都合よく利用している節があるのです。「ぷろどおむ」という方が、ペトカウ氏の元の論文に当たって内容を検証されています。

「ペトカウ効果」は低線量被曝が健康に大きな影響を与える根拠となるのか?

ポイントは2つあります。ペトカウ氏は、1時間当たり0.6〜600ミリシーベルト(600〜600000マイクロシーベルト)という線量で実験をしていること。「現在首都圏で測定されている空間放射線量の1000倍以上高い領域での話」なのです。福島県の浪江町などには毎時30マイクロシーベルトを超えるホットスポットがありますが、それの20倍以上の線量です。これを「低線量」と呼んでいるわけです。放射線医療では10シーベルト(10000ミリシーベルト)単位の放射線照射を行なうこともあるので、それに比べれば「低線量」ではありますが、福島で観測されている線量でもそれよりはるかに「低線量」なのです。

もう一つは、この実験で「放射線の影響を最小限に抑えるためのシステムが生体には備わっていることがすでに確かめられている」ということ。反原発活動家はそのことには一切触れないわけです。しかも「実はこのペトカウ氏は、低線量放射線が人体に多大な影響を与えるなんてことは何一つ言っていない」。

そもそも試験管内の細胞に対する実験の結果をそのまま複雑なメカニズムをもつ人体にあてはめるのは無理があるわけですが、この実験よりはるかに少ない超微量の放射線被爆にあてはめるのはメチャクチャです。そもそも微量の放射線被爆の影響に関して諸説あるのは、誰が実験しても明確に結果が出るというわけではないからです。つまり、仮にあったとしても、極めて影響は小さいということです。

こんな微量な被曝量では、20年後、30年後に統計を取っても発がん率の上昇という形では現れないでしょう。チェルノブイリ事故では避難民11万5000人の甲状腺への平均線量は490mGy(490ミリシーベルトとほぼ同じ)でしたが、福島第一周辺の子供約1000人を対象に行なった調査では、最高値は毎時0.1マイクロシーベルトで、99%が毎時0.04マイクロシーベルト以下でした。放射性ヨウ素の半減期は8日で、すでにほぼ消滅していますから、年換算する意味はないのですが、仮に最高値の毎時0.1マイクロシーベルトを1年間被爆したとしても約0.9ミリシーベルトで、少なくともチェルノブイリの100分の1以下であることは間違いありません。

これで困っているのは反原発派の人々です。今までさんざん「放射能の恐怖」を煽り、「がんになる、がんになる」と騒いできたのに、こんな大事故が起きても何も起きないのですから。そこで彼らが何をやっているのかというと、さらに恐怖を煽って被災者に心理的ストレスを与え、健康を害させるように仕向けている。なんとしてでも被害を生み出したいわけです。イデオロギーに狂った人々の恐ろしさというのはこういうところにあります。

「東日本は人が住めなくなる」「1ミリシーベルトでも害がある」等の発言で“神様”と崇められているあの方がどんなイデオロギーをお持ちかは、下記のファイルを見ればよくわかります。

2003年6月14日 朝鮮の核問題 京都大学・原子炉実験所 小出裕章

ここには、「なぜ、朝鮮(注:北朝鮮のこと)は文明国になるために必要な「原子力開発=Nuclear development」をしてはならないのか?」と書かれています。文明国になるためには原子力開発が必要だそうで、日本はダメだが北朝鮮は原発も核兵器も開発していいそうです。これでは「反原発」ではなくて、ただの「反米」「反日」ではないのでしょうか。

ここで終わろうと思ったのですが、面白い記事を発見したので、もう少々。

黄砂に乗って微量セシウム 石川県保健環境センター調査「人体に影響なし」 北國新聞

中国では80年代から新疆ウイグルの砂漠地帯で核実験を数10回行なっています。それで放出された放射性セシウムが黄砂に乗って日本に降り注いでいるわけです。セシウム137の半減期は約30年なので、仮に30年前に行なわれた核実験で放出されたものでもまだ半分残っているということです。石川県保健環境センターの調査によると、県内で確認された放射性セシウムの量は、福島第一の事故で確認された量のなんと71倍。しかも黄砂はこの数十年、毎年飛んできているのです。昔はセシウム137の崩壊が進んでいないので、もっと量が多かったでしょう。

我々日本人は、数十年前から黄砂に乗ってやってきた放射性セシウムで被爆していたのです。黄砂は吸い込んでしまうわけですから、反原発派の人々が大好きな「内部被爆」をしてきたことになります。それも福島の事故で出たものよりはるかに多い量を毎年、毎年。これでどうやって「福島の事故分」だけの影響を語れるのでしょうか。反原発派の人々で黄砂の影響に触れている人を見たことがありません。中国は共産主義だから、黄砂の放射能は「いい放射能」なのでしょうか。

2011/06/22

「エアコン切って原発止めろ」は強者の論理

菅首相は国会の会期を70日延長し、是が非でも「再生可能エネルギー買い取り法案」を可決させるつもりのようです。菅首相の“盟友”である孫正義氏は韓国に行って、李明博大統領と会談していました。いったい何が目的で訪韓したのでしょう。まさか韓国製ソーラーパネル調達のためではないですよね。

で、当の法案ですが、すでに経産省が作成し、国会に提出されることになっています。
「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案について」
これを読むと「やっぱり官僚は一枚上手だ」と感心します。これに菅首相は政治生命を賭けてもいいのでしょうか。

今回の大震災と福島の原発事故は、政治家を見分ける踏み絵になりました。菅首相は震災前から能力を疑われていた人で、私は逆に、この大災害を機に“化ける”んじゃないかとほんの少し期待していましたが、残念ながらかつての市民活動家のレベルまで幼児退行しただけでした。

橋下徹府知事も馬脚を現した一人でしょう。ニュースで、関電からの節電要請を断ったと聞いたときは耳を疑いましたが、これ(下記)には怒りすら覚えました。

橋下知事、背景板も変え強調「エアコン切れば原発止まる」 MSN産経ニュース

毎年、熱中症で何人死ぬと思っているのでしょうか。
熱中症死者数は昨年の10・4倍/7〜9月間の死者167人 四国新聞
猛暑だった昨年は7〜9月の3か月間で、5万3843人が病院に搬送され、167人が亡くなっています。高齢者のなかには熱帯夜でも「電気がもったいない」とエアコンを切って寝て、熱中症で亡くなる人がけっこうおられます。橋下府知事は間違った節電法を広めているわけです。原発を止めるためなら高齢者が死んでも構わないと言っているのも同然で、まぎれもなく“強者の論理”であり、これほど人命を軽んじた知事がかつていたでしょうか。もしエアコンを切っても足りなかったらどうするのでしょう。

橋下府知事は、耳障りのいい言葉を並べて空想を語るだけで何ら現実的な具体策を立てようとしません。何か起きても「陰謀論」を振りかざし、すべて関電や政府に責任を押し付けるのでしょう。ポピュリズムも極まった感があります。

それに比べ、石原都知事は「花見の禁止」だのよけいなことも言いますが、都議会での所信表明では、過剰なエネルギー消費の見直し(要するに節電)とともに、「電力供給への不安により産業が停滞し空洞化することを防ぐため、首都圏の電力自給能力を高めてまいります。これに極めて有効な天然ガス発電所の新規な建設に向け、民間とも連携し行動を開始いたします」と、天然ガス火力の建設を進めるとしています。知事がやるべき仕事ってこういうことじゃないのでしょうか。

菅首相や橋下府知事らに決定的に欠けているのは、「リスクマネジメント」という概念です。我々の周りにはさまざまなリスクがあり、危険度に応じて優先順位をつけ、対策をしていくべきだという考え方です。ジャーナリストの宮島理氏は以下のような記事を書かれています。

反原発派はマイカー全廃に賛成を

「子供の命を守れ」というなら、マイカーを全廃した方が早いという主張です。交通事故で年に5000人ぐらい亡くなっていることは、私も以前書きましたが、自動車排ガスが小学生の喘息の原因になっていることも厚労省は認めています。
車の排ガスで小学生のぜんそく増加 国、関連性認める asahi.com
喘息の原因は排ガスだけではないものの、気管支喘息の死者数は年間3000人ぐらいとされています。原発のリスクより自動車のリスクのほうがはるかに大きいのです。

『リスクにあなたは騙される 「恐怖」を操る論理』(ダン・ガートナー著 田淵健太訳 早川書房)はリスク評価を学ぶのに非常にいい本で、これを読めば頭のいい人なら目が覚めます。プロローグに書いてあることを簡単に紹介します。

911テロでは航空機がハイジャックされたため、事件後、テロを恐れて航空機の利用者が激減しました。しかし、心理学者のゲルド・ギゲレンザー氏が調査したところ、交通手段を航空機より事故に遭うリスクがはるかに高い自動車に変えたことで、交通量が急増し、911後の1年で交通事故の死者は1595人も増えたそうです。リスク評価を間違えるとかえって被害を拡大することになるわけですが、恐怖にかられると人は論理的な判断ができなくなるのです。

橋下府知事は「原発事故が起きて死者が出るリスク」を過大に評価し、「エアコンを切って高齢者が熱中症で亡くなるリスク」や「大停電が起きて交通事故や病院の事故で死者が出るリスク」、「関西経済圏が沈没して失業者が溢れ、自殺者が増えるリスク」などを過小に評価しています。そういうリスクがあることに気づいていないのかもしれませんが、橋下府知事は頭のいい人なので、むしろすべてわかっていてこういう判断をしている可能性もあります。もし福井県に原発の再稼働をお願いして何かあれば自分の責任にされますが、節電や停電で大阪府民が死んでも政府や関電に責任を押し付けることができるからです。自分が一切責任を負わないですむ選択肢を選んでいるように見えなくもありません。もしそうだとしたら、もはや大阪府民の命を脅かす最大のリスクは「橋下府知事という存在」になるかもしれません。

2011/06/19

孫正義氏の構想の現実性

ソフトバンクの孫正義氏は、太陽光発電で原発を代替すると主張していますが、それは果たして実現可能なのでしょうか。

孫氏は、「太陽光発電のコストは原発より安い」と主張し、自治体を巻き込んで「関西広域連合」を組織し、メガソーラーを事業化して(ソフトバンクの約款を改正して同社の事業に発電事業を加えています)、菅首相に働きかけて全量買い取りさせようとしています。孫氏は「40円/kWhで20年間買い取れ」と言っていますが、これは火力の発電コストと比較しても4〜5倍の価格です。

孫氏の計画は、自治体から遊休地を借り受け、2万kWのメガソーラーを10基建設するというものです。これでどれだけ電力を生み出せるのかというと、設備容量は2万kW×10基で20万kW分ですが、太陽光発電の稼働率は日本の平均で12%なので、実質2.4万kWとなります。原発は1基100万kWで稼働率は70%なので実質70万kW。とすると、原発1基の29分の1にしかなりません。たった29分の1でも、建設にかかる費用は莫大です。四国電力のメガソーラー「松山太陽光発電所」の建設費用は、1kWあたり約70万円とのことなので、20万kW分の投資額は1400億円ぐらいになります。

もしメガソーラーで原発1基分を賄おうとすれば、2万kWを290基建てる必要があり、投資コストは4兆円に達します。原発40基分ならなんと160兆円。日本の国家予算規模で、これを“空想”と呼ばずになんと呼べばいいのでしょう。

反原発派の人々はよく「原発開発に投資してきたお金を自然エネルギーに投資していれば……」と言いますが(実際には相当な額が投資されていますが)、同じ額を太陽光発電に投資したとしても、原発の10分の1の電力も得られないのです。今後は事故被害の補償や安全対策で原発の発電コストが上がることは間違いありませんが、発電コストが逆転することは当分ありえません。風力は17円/kWhとされていてまだマシですが、なぜ孫氏は風力を推さないのでしょうか。日本各地で低周波による健康被害が起きていて、民間発電事業者の多くが実は補助金頼みで、発電で収益をあげるのが難しいことを知っているからかもしれません。

では、この発電事業でソフトバンクは儲かるのでしょうか。孫氏がどのような事業形態を想定しているのかは不明ですが、仮にソフトバンク1社でこの事業を手がけた場合、どれぐらいの利益が出るのかを算出してみます。

メガソーラー計20万kWで稼働率12%とすると、年間の発電量は、
200000(kW)×24(h)×365(日)×0.12=210240000(kWh)
1kWhあたり40円で売れば、
210240000(kWh)×40(円)=8409600000(円)=約84億円
年間の売り上げは約84億円で、20年間で約1680億円になります。
投資額は1400億円なので、20年で280億円の利益が出ます。

現実にはインバータなどの交換や修理などのメンテナンスコストがかかりますが、一方で家の屋根に設置する場合と異なり、更地に建設するメガソーラーは隣のビルに太陽光を遮られるようなことがないので、稼働率は上がるはずで、自治体から遊休地をタダで借りるなら建設コストはさらに下がるはずです。ですから、20年で280億円、1年あたり14億円という金額は妥当なところではないでしょうか。

これは“ぼろ儲け”といってもいいでしょう。全量買い取りで利益が確実に見込めるので、銀行は喜んでお金を貸します。建てるだけでお金が入ってくるのですから、こんな楽な商売はありません。

しかし、この1680億円を誰が負担するのかというと、電力会社が20年かけて分割して支払うわけです。電力会社は発電コストが上がれば電気代を上げますから、結局は国民が負担することになります。孫氏が利益を増やすために中国や韓国のメーカーから安いソーラーパネルを購入したりすれば、日本経済に対する経済効果はほとんどゼロです。しかもメガソーラーは雇用をほとんど生みません。税金なら公共事業に使われて日本経済に還元されたりしますが、国民のお金がただただ吸い上げられて中国や韓国に流れていくとしたら、税金よりはるかにタチが悪く、国民に負担がのしかかるだけになります。

「太陽光の発電コストは40円/kWhよりもっと安い」と反論する人がいるかもしれませんが、それは的外れです。孫氏が「40円/kWhで買い取れ」と言っているのです。実際はもっと安かったとしても、国民が負担するのは40円/kWhをベースにした金額で、発電コストが下がって儲かるのはソフトバンク。文句があれば孫氏に言うべきでしょう。

実際のところ、20万kW程度で収めるのであれば、電気代にも電力系統にも大した影響は与えないでしょう。これだけで急に電気代が高騰するわけではありませんが、発電量は原発1基の29分の1にしかならず、代替にはほど遠い状態です。とすると、孫氏は発電事業の利益を新たなメガソーラー建設に投入していくつもりなのかもしれません。そうなると買い取り量がどんどん増え、国民負担は増加していきます。

以前書いたように、太陽光発電のような出力の不安定な電源を「大量に」電力系統につなぐには、同じ容量分だけバックアップの火力発電が必要になります。「夏の昼間のピーク時に、日本中で雨が降ると太陽光発電の電力供給がすっぽり抜け落ちるので、代わりに電力を供給する電源が必要」という話を理解できない人はいませんよね。太陽光発電を導入して原発を止めるわけですから、既存の火力はフル稼働で、結局は原発分と同じ量の電力を発電できるだけの火力発電所を新たに建設しなければならなくなるのです。

もし太陽光で脱原発をするのなら、太陽光発電の電力を高額買い取りしながら、実際には原発分の火力発電所を新規建設しなければならず、しかも原子炉を廃炉にしていくわけですから、これで電気代が高騰しないわけがありません。電気代が高騰すれば日本経済は失速し、国民は高い電気代を負担させられ、その一方でソフトバンクがぼろ儲けすることになります。こんなことが許されていいのでしょうか。

ヨーロッパでも風力の電力を買い取る場合、大資本の参入は規制されているのが一般的です。高い電気代を負担するのは一般市民で、それで大企業がぼろ儲けすると不公平感が生まれるからです。ですから、高い電気代を負担する市民からの出資を集めて風車を建て、電力を買い取り、その利益が市民に還元されるというしくみになっています。大資本がどんどん参入して風車を建てまくると、一般市民は高い電気代を負担するだけになるのです。

仮に孫氏が市民出資の方式を導入したとしても、派遣や契約で働いているような貧しい若者は、何十万円もの出資などできないでしょう。一般家庭でソーラーパネルを設置できるのも一戸建ての持ち家に住んでいる人に限られ、賃貸住宅やマンションに住んでいる人は設置できません。金持ちは発電で儲けられるようになり、一方で底辺にいる貧しい若者たちは仕事を失い、高い電気代を負担させられて、ますます貧しくなります。貧富格差が拡大するのです。まあ、それ以前にメーカーの工場がみな海外に逃げ出して、原発を止めても電力は足りるようになっているでしょうが。

私は、孫正義という人は電力システムについて(かなり)不勉強なだけで、基本的には善意で動いていると思っていました。しかし、この構想は危険であるだけでなく、孫氏の“善意”に疑いがかけられても仕方がないものだと思います。電力の安定供給が約束されている状態であれば、少々ラジカルな方策も受け入れられますが、今はダメです。

まともな学者に聞けば、誰もが原発を代替できるのは「天然ガス火力(コンバインドサイクル)」と「節電」だと言います。シェールガスという非在来型の天然ガスが実用化されたからです。今のような緊急時に、空想で物事を進めるのは非常に危険だと思います。孫氏は「日本経済を崩壊させたA級戦犯」として歴史に名を刻みたいのでしょうか。

2011/06/16

日本は「脱原発」の道を歩み始めたのだから

これほど反原発の空気が広がっては、日本ではもう原発の新規建設は不可能でしょう。日本がこの状況で新規建設という選択をするほど「大人の社会」だったら、むしろ驚愕します。新規建設ができないということはどういうことかというと、炉が老朽化すれば廃炉していくほかないわけで、必然的に日本は「脱原発」の道を歩み始めたのです。

そもそも事故の前から、東大をはじめとする日本中の大学で原子力工学科は不人気のため次々に消滅していて、人材の補給もままならなくなっています。これで新規建設が止まれば、何十年か後にやっぱり建設すると言っても技術は失われているでしょう。海外での受注も今回の事故で減るかもしれません。GEやウェスチングハウスのように、東芝、日立、三菱重工は原子力部門をアレバやロスアトムなど海外企業に売り飛ばすかもしれません。

反原発派の人々にこう言っても無駄かもしれませんが、すでに「脱原発」は既定路線になったわけで、それで十分じゃないですか。ドイツやイタリアと違って日本は海外から電力を輸入することができないのです。それなのに「今すぐ全基停止」なんてしたら、日本中で電力不足が起き、多くの国民が計画停電でひどい目に遭います。電力不足で日本企業の工場が海外に逃げ出すと書きましたが、その多くは都市部ではなく地方にあります。原発を止めるのなら、そこで働いている何千人もの職員も雇用を失います。発電しないのなら電源交付金などの補助金もなくなるでしょう。ゆっくりと進めるならまだしも、急にストップすれば地方経済に大打撃を与えます。

そうなると逆に「やっぱり原発は必要だ」という方向に進んでしまうのではないでしょうか。「再稼働も認めない」というラジカルすぎるやり方は、むしろ逆効果になるような気がします。

2011/06/15

朝日新聞記事「私の視点 原発なき電力供給は目前」について

朝日新聞6月11日付けに国際エコノミストの齋藤進という方が「私の視点 原発なき電力供給は目前」という題の寄稿をしています。asahi.comにはアップされていないので、リンクが張れませんが、ネットで探せばどこかに全文がアップされているはずです(下記の安井至先生のページにもあります)。

原発がなくても電力供給の問題はすぐに解決できるという内容ですが、この記事について、環境問題が専門の安井至・東大名誉教授(製品評価技術基盤機構理事長)が、間違いを指摘されています。

「原発なき電力供給は目前」のウソ 2011.06.12 市民のための環境学ガイド

齋藤氏は、
「「原子力発電所を全部止めれば、電気が足らなくなるし、電気代も上げざるを得ないー」。これが現在のところ、大方の日本人が抱いている常識かもしれないが、私の回答は「否」である」
と述べていますが、その論拠としている話が間違いだらけであると。
具体的な中身については安井先生が上記ページで検証されているので、そちらを読んでいただきたいのですが、少々難しい話もあるので、理解の助けになるよう、ここでは「要するにどういうことか」を簡単に補足してみます。

最大の間違いとして挙げられるのは、齋藤氏は年間を通じた発電量から換算して「原発を止めても足りる」としている点です。しかし、今、問題になっているのは「夏場のピーク時の電力供給が足りなくなる」ということです。実際にこの4月、5月は足りていて、火力発電所の一部は停止しているわけです。日本では春や秋に比べて夏の電力需要は2倍ぐらいに増えます。要するに、齋藤氏は、春や秋に発電しておいてその電力を夏に持ち越せば「足りる」と言っているも同然なのです。しかし、電力は貯められないのでそれは不可能です。だから、電力会社は、春や秋は発電所の半分ぐらいを遊ばせることになっても、夏場のピーク時に電力を供給できるよう設備投資をせざるをえないのです。夏場の需要を満たすには、リアルタイムに発電して供給するしかないのですが、それには設備容量が「足りない」と言っているのです。

もう一つ、私が目を疑ったのは、「大震災前の操業率は、水力がほぼ100%」と書かれていることです。水力の稼働率が100%などということはありえず、安井先生も「日本の水力発電が、原発の深夜電力を揚水で貯蔵するために使われているということを知っていれば、水力100%という数値を書くとは思えない。やはり、エネルギーについては、専門家ではないと断定できる」と書かれています。水力の稼働率は電気事業連合会の統計によれば、18.8%だそうです。おそらく、齋藤氏は計算間違いをされたのでしょうが、「水力の稼働率が100%」と疑いもなく書けてしまうところが、すべてを語っているように思えます。

「自家発電は安い」としている点についても、安井先生は「送電コストが無いからだ」と指摘されています。電力会社が需要家に供給するには当然、送電コストがかかり、発電費用のおよそ4分の1は送電コストだと試算されています。自家発電の発電コストを電力会社にそのまま適用できないということです。

また、ガスタービン・コージェネについても勘違いがあるようです。ガスタービン・コージェネというのは、ガスタービンで発電し、その廃熱を回収してお湯を沸かすシステムで、両者を合わせれば総合効率は確かに高くなります。しかし、六本木ヒルズのように住居棟を併設していればお湯の用途がありますが、一般企業のオフィスや工場ではお湯の用途がほとんどありません。ガスタービン・コージェネというのはむしろ給湯がメインのシステムで、廃熱を捨てるのであれば、効率は著しく低下します。電力を得るだけなら、大規模なコンバインドサイクル発電の方がはるかに効率は高いのです。

このように多くの誤解に基づく記事なのですが、ネットで検索してみると、この朝日の記事を読んで、ブログに「政府や東電に騙された」と書いている人を見かけます。天下の大新聞に載っている記事ですから、信じても仕方がないでしょう。このところ朝日新聞は、「風力で原発40基分」など、ろくに検証もせず、ありえない空想を撒き散らかして読者をミスリードしています。「脱原発」を主張することに異議を唱えるつもりはまったくありませんが、もう少し現実に即した論を展開してはどうでしょうか。

この夏、本当に15%もの節電が必要かどうかは私にはわかりません。もし冷夏になれば、節電しなくても乗り切れる可能性はあります。ただ、予定された計画停電ではなく、本当に不慮の大停電が起きれば、病院で人が死んだり、突然信号が消えて交通事故が起きたり、熱中症で老人が死んだり、工場の機械が停止して大損害を発生させたりすることが考えられます。天候の正確な予測ができない以上、停電を避けるため、ある程度のマージンを取っておくのは当たり前のことでしょう。

本当にヤバイ状況になったら政府が広報するはずで、日本人は真面目なので、誰もが節電に協力して、停電を回避するだろうとは思います。現実に停電が起きる確率は極めて低いと考えられます。しかし、何年も動かしていなかった古い火力発電所でトラブルが起きて、突然、電力供給の一部が停止する可能性もないわけではありません。

反原発派の人士のなかにも「原発を止めても足りる」と主張している人がいますが、彼らの言説を信じて、国民が「節電する必要はない」と思い、本当に停電が起きて人が死んだりしたらどう責任を取るつもりなのでしょう。原発のリスクは極大に評価するくせに、停電のリスクは無視するという姿勢には、首を傾げざるをえません。

2011/06/13

トヨタが日本から逃げ出す日

これまで書いてきたことが現実になるかもしれません。

トヨタ社長「日本で物づくり、限界超えた」 読売オンライン

トヨタの豊田章男社長が記者会見で、電力供給の不安を理由に「日本でのものづくりが、ちょっと限界を超えたと思う」と述べたそうです。東芝も西日本シフトを検討していましたが、関西も電力不足で「対応をこれから検討する」とのこと。これらは政府やメディアに対する産業界からの「警告」と言えるでしょう。こんな茶番をいつまでも続けるなら、本当に海外に工場を移転するよと。

人件費も電気代も高い日本で、自動車メーカー各社がかろうじて日本に製造拠点を残してきたのは、国内市場がそれなりに大きく、海外からの輸送費や関税を考慮すれば、なんとか国内でやっていけるという判断からです。「日本の雇用を守る」ことで、国内市場の縮小を防ぐ意味もあるでしょう。コスト削減だけを考えれば、日本に残るかどうかはギリギリのところで、実際に日産はマーチの製造拠点をタイに移しています

もしトヨタが国内工場を海外に工場を移転すれば、自由競争の世界ですから、他の自動車メーカーも雪崩を打って追随するかもしれません。そうなれば、自動車メーカーにぶらさがっている下請け企業も、一緒に海外についていくか倒産するかの選択を迫られます。海外移転は家電・電機など他の業界にも波及するでしょう。

日本からメーカーの工場がどんどん海外に逃げ出せば、確かに「原発を止めても電力不足にはならない」かもしれません。その結果、何が起きるのか。産業の空洞化で日本経済は崩壊し、失業率は上昇し、派遣や契約の仕事さえ奪い合いになります。「原発を再生可能エネルギーで代替」しても同じことです。10年やそこらで20%まで増やせば電気代は跳ね上がり、やはり日本のメーカーは海外に逃げ出します。「原発を止めて電力が足りなくなっても、節電して我慢すればすむ」などというレベルの話ではないのです。失業して生活できなくなっても、そんな悠長なことを言ってられるでしょうか。

「節電」が奪うハケンの仕事 震災3カ月、厳しさ増す 日本経済新聞

操業停止ではなく輪番操業であっても、勤務日・時間が定まらないため、派遣会社に人材の手配をできず、派遣会社側も勤務日・時間が不規則なために人を集められないという状況になっているそうです。輪番操業でも大きな影響があるということです。

こういうことが起きるというのは、ちょっとだけ頭を働かせて想像すれば、誰でも気づくことだと思うのですが。

2011/06/09

携帯電話と放射線の発がんリスク

世界保健機関(WHO)が「携帯電話の電波に発がんリスクがある疑いがある」との分析結果を公表しました。14か国の専門家31人が議論し、5つの分類の内、3番目の「発がんの可能性がある」に分類。この議論では、「1日30分以上、10年以上使用すると、神経膠腫(グリオーマ)に罹患する可能性が40%高まる」という報告があったそうですが、明確に証明されたとまではいえないそうです。同じ分類には、「自動車の排ガス」や「コーヒー」、「クロロホルム」などが同程度の発がんリスクがある「可能性が疑われるもの」としてリストアップされています。排ガスやクロロホルムはわかりますが、コーヒーまで疑われているんですね。

GIGAZINEのニュースには、「ヨーロッパの環境庁は携帯電話が喫煙やアスベスト、鉛を含んだガソリンと同じくらい危険であるという研究結果を付け加えた」と書かれていて、「ヨーロッパの環境庁」って何?と思いつつ、「喫煙」と同じというのはちょっと煽り過ぎじゃないかと。

というわけで、今回は放射線被爆はどの程度の発がんリスクがあるのかについて。
産経新聞のサイトに放射能と生活習慣によってがんになるリスクという表(国立がん研究センター調べ)があり、それによれば「毎日2合以上の飲酒」は1000〜2000ミリシーベルトの被爆と同等、「喫煙」と「毎日3合以上の飲酒」はそれぞれ2000ミリシーベルト以上の被爆と同等とされています。100や200じゃないですよ、1000、2000というオーダー。「野菜不足」で100〜200ミリシーベルトと同等。短期的に1000ミリシーベルトも被爆すれば急性放射線障害を起こすほどですが、喫煙習慣はそれ以上です。先日、放射線医学が専門の大学教授にお聞きした話では、「タバコ1本吸うと5マイクロシーベルト被爆したのと同じ」だそうです。私の場合、1日1箱半(30本)吸うので、

5(マイクロシーベルト)×30(本)×365(日)=54750マイクロシーベルト

で、年間約55ミリシーベルト被爆しているのと同じ。喫煙習慣は20年以上続いているので、累積で1000ミリシーベルト超えています。非喫煙者より発がん率が50%ぐらい高まっています。いや、酒も飲むのでほとんど100%か。ということをタバコを吸いながら今書いています。

こういった数字は、広島・長崎の原爆とチェルノブイリ事故の影響調査から算出されたものです。広島、長崎に落とされた原爆で、1000〜2000ミリシーベルトの被爆をした30歳の人が、40年後に被爆していない同年齢の人に比べて、がん発症率が1.5倍になったことや、国連、国際放射線防護委員会(ICPR)が行なったチェルノブイリ事故による放射能汚染の影響調査で、年間10〜20ミリシーベルトの地域では25年経っても健康上の被害が何も見られないこと(ヨウ素131による甲状腺がんを除く)が判明していて、これらのデータとその他のタバコや飲酒、野菜不足などが発がんに寄与する影響を比較して、計算された数字です。この数字を見れば、放射線被爆が発がんに寄与する影響は、非常に小さいことがわかります。「運動不足」や「肥満」のほうが、500ミリシーベルトの被爆より発がんに寄与するのですから。

動物細胞を使った実験では、低線量の放射線でも害があることが確認されていて、それゆえに「わずかな放射線でも人体に害がある」と声高に叫ぶ人がいるわけですが、その一方で人間にはDNAを修復する機能があるとされています。だから、疫学調査では影響が数字に現れてこない。タバコや飲酒など他の要因が大きすぎるので、よほどたくさん放射線を浴びないと影響を確認することはできないわけです。

そもそも日本では自然被爆の量は平均で年1.5ミリシーベルトですが、世界にはブラジルのガラパリや中国の内陸部など年10ミリシーベルトを超えるような地域がたくさんあります。イランのラムサールでは年20〜30ミリシーベルトも珍しくなく、ひどいときは260ミリシーベルトに達するそうです。大気中に放射性物質が漂っているわけですから、当然、内部被爆もします。それで発がん率はイランの他の地域よりむしろ低いのです。まったく矛盾しています。

国立がん研究センター発表の「日本国民の生涯がん羅患リスク」によれば、男性で54%、女性で41%で、がんで死亡する確率は男性26%、女性16%とされています。普通に生活していても日本人の2人に1人はがんになり、その半数は亡くなるということ。がんというのは人間に組み込まれた病気で、どこまでも長生きすればいつか必ずがんを発症します。がんを発症する前に、老衰で死ぬか、他の病気で死ぬか、事故か何かで死ぬかの違いだけ。日本人は寿命が長いので、必然的に発がん率も高くなります。最近ではペットの犬や猫も死因のNO.1はがんになっています。家の中で飼われるようになって寿命が伸びたからです。家電製品でも永久に使い続けることはできないように、人間の体も劣化して誤作動するようになるのです。がんは老化現象の一種と言ってもいいでしょう。

それに、人が死ぬ原因はがんに限りません。前にも書きましたが、今も日本では交通事故で年間5000人も亡くなっています。平均で毎日13人が死んでいることになります。自分の意志で避けられるなら、交通事故なんて起きません。

むしろ「放射能が怖い」と過剰に恐れていると、ストレスは免疫機能を低下させるので、がんになりやすいともいわれています。チェルノブイリ事故では、放射性物質による健康被害よりも、「がんになる」とか「奇形が生まれる」とかいったメディアの過剰報道によるストレスが最大の被害をもたらしたともいわれています。テレビなどで「奇形が生まれる」と平気でしゃべっている人がいますが、「国連科学委員会報告2008年チェルノブイリ事故の放射線の健康影響について」の「ベラルーシの汚染地帯と非汚染地帯の先天性奇形の頻度」を見れば、線量の高い地域のほうが逆に先天性奇形の出生頻度が低いことがわかります。先天性奇形というのは、放射能汚染地域に限らず、どこの国でもある一定の頻度で生まれ、このベラルーシの数値は先進国と同程度か低いぐらいです。

災害時に恐怖を煽れば煽るほど、雑誌はよく売れるというのは出版業界では常識です。実際に恐怖を煽って大幅に部数を伸ばした週刊誌が何誌かあります。この未曾有の大災害のときでも商売優先のようです。

週刊誌の原発報道とどうつき合うか 佐野和美

恐怖に脅えている人々に対して「大丈夫だ」というのと、「大変だ、大変だ、人が死ぬ、奇形が生まれる」と大騒ぎするのとでは、どちらが勇気のいる行為だと思いますか。

2011/06/07

中国の風車は3分の1が電力系統に接続されていない

前回とちょっと関係のある話です。

風力発電拡大に落とし穴、大規模な送電網脱落事故で--中国

専門用語が多いので、簡単に説明します。今年の2月24日に中国・甘粛省の風力発電所で、事故でショート(短絡)が起きて電圧が変動し、300基の風車が一斉に「解列」した。「解列」というのは、電圧が変動すると発電機が壊れる危険が高まるので、系統から切り離して発電機を守るということ。安全装置が働いた状態です。しかし、解列が起きると風車は電力を系統に送らなくなるわけで、電圧はさらに低下し、解列をどんどん引き起こします。結果的に、計598基が解列し、設備容量84万kW分の電力が喪失した。さらに4月17日に同じく甘粛省で702基、容量100万kW分が解列。同じ4月17日には河北省で644基、85万4000kW分が解列する脱落事故が起きたそうです。他にも中国の風力発電所ではしょっちゅう脱落事故が起きているようです。

ヨーロッパでも2006年11月に大規模な脱落事故が起き、危うくドイツやイタリア、スペイン、オランダなど11か国の地域で1700万kW分もの大停電が起きる寸前になったことがあります。その反省から、現在の最新の風力発電機は、電圧が変動しても系統から切り離さないしくみ(LVRT)になっていますが、中国では旧型ばかりで、それが問題になっているということです。

びっくりするのはその次の話で、中国は2010年末時点で風力発電の設備容量が4470万kWに達して世界一になりましたが、その内、電力系統に接続されているのは2956万kW分だけで、1514万kW分が接続されていないとのこと。つまり3分の1は建てただけで、まったく電力を送ってないのです。中国ってすごい国です。

しかし、現状でこれほどしょっちゅう脱落事故が起きているのに、残りを系統につないだりしたら、よけいに大変なことになるでしょう。つなぎたくてもつなげないというのが現実です。既存の風車をLVRTに対応させようとすれば、1基10万元かかり、全土に2万基以上あるので、100億元以上かかると。1元=12.4円で計算すると、1240億円以上。中国はお金が余っているから無問題ですが。