2013/03/18

「福島の小児甲状腺がんが多すぎる」という話について

東日本大震災の2周年に遅れてしまいましたが、1年ぶりのエントリーです。

 この1年を振り返ると、世の中の大半の人々がヒステリー状態から抜け出し、落ち着きを取り戻しつつあるように思います。しかし、いまだに一部の人々は、デマに振り回され、ツイッターなどでせっせとデマを拡大再生産しています。 この手の人々が最近、大騒ぎしていたのが「福島の子供たちに甲状腺がんがみつかった」という話です。福島県の県民健康診断で18歳以下の3万8000人の内、3人に甲状腺がんがみつかり、7人に疑いがあるという結果が出ました。

  甲状腺がん3人、7人疑い 福島県「被曝、考えにくい」 朝日新聞デジタル2013年2月13日 

このニュースに脊髄反射した人々が、「小児甲状腺がんは100万人に1人とされ、3万8000人で3人は多すぎる」と騒いでいるわけです。 実は仕事で、何人かの甲状腺疾患の専門医にこの件について取材しました。ブログに書くことに了解をもらっていないので、お名前は伏せますが、以下のような話でした。

 「臨床的な発見と健診による発見は全然違うということです。たとえば、外から見てもわかるほど腫れている、声がかすれてきたといった自覚症状があって病院に行き、検査して甲状腺がんがみつかったというのが臨床的な発見で、これが100万に1人。一方、集団検診などで甲状腺検査をすると、自覚症状がなく、ゆっくり進行するタイプのがんも発見されるので、必然的に数が多くなるのです。だから、3万8000人中3人、疑いのある人を含めて10人というのは、まあそんなものかなという印象です」 

「甲状腺がんというのは年齢とともに発生率は増えていきます。100万人に1人というのは小さな子供での発生率で、今回のように18歳まで対象を広げると、数は増えます」

 甲状腺がんの多くは進行が遅く、仮にがんができていても微小なまま一生を終えることも多いのです。実際に亡くなった人の病理解剖で甲状腺を調べると、日本人の場合、100人中で数10人ぐらい微小な甲状腺がんがみつかるそうです。ほとんどの日本人は、何か自覚症状がない限り甲状腺検査など受けませんが、実際には多くの人が微小な甲状腺がんをもっていて、特に自覚症状もなく普通に生活し、そのまま一生を終えているということです。しかし、こういった集団検診の形で甲状腺検査を実施すると、そういったがんがみつかるわけです。だから、大きくなる場合は手術した方がいいが、微小ながんがみつかった場合は、ひとまず経過観察をする。小児甲状腺がんというのは生命予後がよく(なかなか死なない)、チェルノブイリでもほとんどの子供が亡くなっていないのです。

 「チェルノブイリ事故では4年後から増えたので、今回の検査は、まずベースとなる数字を出すためにやっているわけです。事故の4年後以降に増えたかどうかを確認するためのベースです。チェルノブイリの場合は、事故当時5〜6歳以下だった子供の甲状腺がんが増えたのですが、今回発見された10人は18歳に近い上の年齢層の子供がほとんどなので、放射線被曝は関係ないと考えるのが妥当です」 

チェルノブイリでは事故後、「毎年」検査をして4年後から発症の増加が確認されたので、今回発見されたのは原発事故が原因ではなく、以前からあったがんを発見したと考えられるわけです。 環境省では比較のため、他県の子供たちを対象に同様の甲状腺検査を実施しています。

  子どもの甲状腺「福島、他県と同様」 環境省が検査結果 朝日新聞デジタル2013年3月8日 

環境省は、長崎市と甲府市、青森県弘前市で3〜18歳の子供4365人に、同じ検査機器、同じ判定基準で検査をし、嚢胞やしこりのあった子供の割合は福島とほぼ同じだったと報告しています。 もちろん、「これでもう安心」などと言うつもりはありません。現時点では「異常」はないが、本当の結果が出るのは4年後以降だということです。ただし、福島の子供たちの被曝量はチェルノブイリに比べればケタ違いに少ないので、おそらくは甲状腺がんが激増するような事態は起きないでしょう。低線量被曝がどうのこうのと言っていた人々のウソが暴れることになると思います。

 世の中の大半の人々はデマに惑わされなくなってきましたが、いまだに抜け出せない人々もまだまだいます。こういった解説をしても「安全デマ」だと言って信じようとせず、福島から避難しなかった人々に健康被害が出ることを心待ちにしているわけです。こういう異常な心理について、開米瑞浩氏が以下で解説しています。

  原子力論考(84)オオカミ少年は悲劇を望むようになる 開米瑞浩 

「「警告」を発することで「人を動かす」快感に走ってしまったオオカミ少年は、いずれ自分の警告が現実にならないことに焦りを抱くようになり、「悲劇」が起きることを望むようになります」 

避難しろと訴え続けてきたのに健康被害が出ないと、自分がウソを言ったことになって困るので、悲劇が起きることを望むようになるわけです。これはアルコール依存症における「共依存」と構造が同じであるとしています。 こういった人々はデマの拡散や他人への誹謗中傷の加害者ではありますが、原発事故がなければこんな状態にはまりこむことはなかったはずです。だから、匿名ツイッターのアカウントを閉鎖して逃げても誰も非難しません。もうやめましょうよ。