2011/08/21

ようやく福島に「除染チーム」が設置される

細野原発担当相は福島県知事との20日の会談で、放射性物質の除染活動を担う「除染推進チーム」を福島県に設ける方針を伝えたとのこと。

「除染チーム」福島で立ち上げへ 細野原発相が表明

ようやく、です。

以前、放射線医学が専門の大学教授や原子炉設計の専門家の方から除染に関する話をお聞きしたので、一部をここで紹介しようと思います。お名前を出すとご迷惑をおかけする可能性があるので、ここでは伏せさせていただきます。

半減期が8日のヨウ素131については、すでに事故から半年近く経過した現在では検出限界以下にまで下がっているので、除染の対象になるのはセシウム134(半減期2年)とセシウム137(半減期30年)が主です。検出されているセシウム134と137はほぼ同じぐらいの量です。仮に事故から2年経つと、セシウム134は半分になり、セシウム137はほとんど減らないので、線量は約4分の3ほどに下がります。30年経つとセシウム134はほぼ消滅して、137は半減するので、線量は約2分の1。飯舘村や浪江町などには空間線量が10μSV/hを超える地域が多々ありますが(10μSV/hを年間の積算量に換算すると87mSv/h)、理論的には30年経ってもその半分程度にしかならないということです。

ただし、これは風雨の影響を無視した話で、セシウムは水溶性なので実際には雨に洗われて川に流され、海で希釈されていきます。洗い流される量は表面積で変わり、アスファルトの道路やコンクリートの建物が多い街中の地区では、洗い流される割合が高いので、実際に放射線量は低い傾向にあります。

問題は自然拡散があまり期待できない森林や農地など土の地面ですが、セシウムはどうもコロイドのような固まりになって表層に溜まっているようで、表土を5cmぐらい削るだけで線量は何10分の1かに下がるそうです。学校の校庭で表層を削っていたのはそのためです。削った土をどこに持っていくかで揉め、結局、校庭の隅に積んであるようですが、農地を除く校庭や公園などでは1mぐらい掘って、土をひっくり返すという方法も考えられるそうです。線量は距離の2乗に比例するので、地下に埋めてしまえばほとんど影響がなくなるわけです。

農地の場合は、やはり表土を削って別の場所に保管しておくことを真っ先にやるべきと考えられます。ひまわりなどを植えて土中のセシウムを吸収させるバイオレメディエーションの実験が始まっていますが、チェルノブイリの土壌浄化活動を行なっているチェルノブイリ救援・中部の見解が以下にあります。

ヒマワリ栽培による放射能汚染土壌の浄化は可能か

本家サイトにこの文書はみつからなかったのですが、おそらくは機関誌か何かからの転載なのでしょう。この文書によれば、水に溶けたセシウムは吸収できるが土に固着したセシウムは吸い上げるのが難しく、菜の花が1年間に吸い上げる放射性物質は数%程度だそうです。チェルノブイリの場合は事故後25年経って始めたため、土壌の数10cm地中まで浸透していて表土剥離が不可能だったので、菜の花を使ったとのことです。日本は雨が多いので条件が異なるかもしれませんが、逆に浸透が早まる可能性も考えられます。実験は実験としてやるべきで経過を見る必要はありますが、一刻も早く表土剥離は実施すべきではないでしょうか。

森林の場合は樹木が生えているのでブルドーザーを入れるのは難しいですが、教授が岩手県で行なった調査によれば、枯れ葉や下草が積層しているため、セシウムは土にまで到達していなかったそうです。冬になれば樹木に生えている葉も落ちますから、枯れ葉と下草を除去すれば線量を下げられるはずだとおっしゃっていました。

個人的には、削った表土や刈り取った草は、福島第一原発の敷地内に持ち込んで保管すればいいのではないかと思います。廃炉まで10年以上かかり、その後も立ち入り禁止区域として管理するしかないわけですから。並行して除染処理をするとしても都合がいいかもしれません。

除染で安全なレベルに線量を下げられる地域から先に、表土剥離などの介入措置をどんどんやっていくべきだと思います。それに加え、地域ごとの放射線レベルの情報公開していくことも必要でしょう。一方で、原発の20km圏内には線量が高すぎてどうにもならない区域もあると考えられます。今日のNHKニュースで、そういった土地の買い取りに関する報道がありました。

一部区域 国が土地買い取りも NHKニュース

いつまでも先の見えない避難生活を続けるよりは、新たな土地で新たな生活を始める方が、住民の方々の精神的な負担は小さくなるように思います。もちろん、これは当事者と国、自治体、東電が交渉して決めることで、周りがとやかく言うことではありませんが、そういうオプションが提示されなければ決断することもできないように思います。

2011/08/12

孫正義VS堀義人 トコトン議論を生で見てきました

先週の金曜日(8月5日)に「孫正義VS堀義人 トコトン議論」という討論会が開かれ、会場に足を運んで見てきました。USTREAMでライブ配信されたので、会場にわざわざ行く必要はなかったのですが、一応、生で見ておこうかと。現在でも下記から見られます。

孫正義×堀義人 トコトン議論 〜日本のエネルギー政策を考える〜 USTREAM

6月19日のエントリーでも書きましたが、孫氏は原発を廃止して太陽光発電など再生可能エネルギーで代替せよという立場で、自治体に声をかけて「関西広域連合」を組織してメガソーラーを建設し、20年間40円/kWで買い取れと主張しています。首相に個人的に働きかけて、みずからの事業に便宜を図ろうとしているわけで、この行為を堀氏は「政商」と呼んで批判してきました。ソフトバンクは風力発電の事業者にも出資しているようで、経済ジャーナリストの町田徹氏も孫氏を批判しています。

菅首相「脱原発」で儲ける「政商」ソフトバンク 太陽光よりおいしい風力発電にまでこっそり食指を延ばしていた 定款変更前に「補助金ビジネス」に参入 現代ビジネス

孫氏は堀氏からの批判を受けて、トコトン議論しようじゃないかということで、今回の公開討論会が開催されたということです。孫氏のような社会的に影響力のある人が暴走すると、本当に日本経済が破壊されかねないので、誰かが止めないといけない。その意味で、“脱原発ファシズム”の空気が支配的なこの時期に、孫氏に挑んだ堀氏の勇気には拍手を送りたいと思います。

ただ、いかんせん、孫氏は天才的にプレゼンがうまかった。この点についてだけは本当に勉強になりました。単純でわかりやすい話を感情に訴えかけて話すという手法を全面的に展開してきたので、データで論破する姿勢の堀氏は歩が悪く、Twitter上では孫氏の圧勝というムードが漂っていたようです。

しかし、聴衆が支持したからといって、その論が正しいかどうかは別の話です。国民の圧倒的支持で民主党政権が誕生しましたが、今、その選択が正しかったと考えている人はいったいどれほどいるでしょうか。

で、今回は孫氏の主張で気になった点について、ネチネチと反論していこうと思っていたのですが、やっぱり考え直しました。というのも、孫氏は以前まで「原発を全停止して、太陽光などの再生可能エネルギーで補う」との主張をしていましたが、この公開討論会では、火力をフル稼働して足りない分を原発で補うとする「ミニマム原発論」を主張したからです。つまり、原発の再稼働を容認したわけです。

福島原発の事故後、初期の段階で、孫氏はかなり筋の悪い情報ばかりに触れて「全基停止」と主張していたわけですが、さすがに時間が経って冷静になったのでしょう。今まで何度も書いてきましたが、今すぐ全基停止などしたら、電力不足で国内の工場はみな海外に移転し、産業の空洞化で日本経済は崩壊します。「節電して足りているからヨシ」とするような問題ではないのです。24時間稼働で定期点検のときにしか止めないような工場では輪番操業などできず、工場を止めるしかないわけで、この状態がずっと続くのなら日本から逃げ出すしかありません。産経新聞の報道によれば、実際に日本企業は続々と日本から逃げ出しています。

国内企業、電力不足で日本脱出続々 “思い付き”脱原発にも不信感 MSN産経ニュース

孫氏によれば、ソフトバンクでは13時〜16時のピーク時間帯にオフィス内のPCの電源を落とし、iPadやiPhoneで仕事をするようにして30%の節電を目指しているそうですが、携帯の基地局に関しては電源を落としていないわけです。同様に、一般企業でもオフィスのエアコンやエレベータを我慢することはできますが、工場は止めるわけにはいかないのです。現在の東電の供給余力の大きさを見ると、すでに空洞化は相当進んでいて、もう手遅れのような気がしないでもありません。もっとも、現在の世界同時株安が世界恐慌にまで発展すれば、再稼働もクソもないような気がしますが(笑)。

さすがに東証一部上場企業のCEOだけあって、現実を見て「目が覚めた」のでしょう。原発の稼働にはリスクがあるかもしれませんが、自動車にも飛行機にもタバコにも酒にも携帯電話にも同じようにリスクがあります。原発を「再稼働しないこと」にも大きなリスクがあります。節電の影響がどこまであるかは不明ですが、今年の熱中症の死者数はすでに98人に達し、過去最悪のペースとなっています。

なぜ埼玉で急増? 熱中症による死者、全国最多の理由 MSN産経ニュース

前述したような産業空洞化が進めば、失業や倒産で自殺者も増えます。「経済の問題」はまぎれもなく「命の問題」なのです。まして早急に再生可能エネルギーで原発を代替しようとすれば、電気代が高騰し、空洞化を加速します。仕事のない若者が増えれば、イギリスで起きているような暴動が日本でも起きるかもしれません。反原発活動家の人々の狙いはまさにそこにあるわけです。貧富格差が拡大し、貧困層に不満が鬱積していけば、それを組織化して勢力拡大に結びつけられるのです。

太陽光発電の高額買い取りも貧富格差を拡大させる政策です。一戸建ての持ち家に住むお金持ちしか導入できないわけですから。WIREDのインタビューで、ビル・ゲイツ氏は面白いことを言っています。

---------------------------------------------------

Q&A:ビル・ゲイツ、世界のエネルギー危機について語る

アンダーソン:ゲイツさんの家にソーラーパネルが設置されることはない、と言えば十分でしょうか?

ゲイツ:いや、私たちも皆さんと同じように見てくれをよくするのは好きなのです。豊かな人々はいいのです、したいようにできるのですから。

---------------------------------------------------

辛辣すぎます。

最後に1つだけ、孫氏の主張に反論を書きます。おそらく多くの聴衆が「素晴らしい案だ」と感じたであろう提案に関してです。孫氏は「日本中の石炭火力を天然ガス火力に置き換えれば、出力が1.6倍になり、増加分で原発20基分の電力を賄える」「これから2〜3年で可能」と主張していました。しかし、これは減価償却の問題をまったく無視した意見です。日本の石炭火力は、70年代のオイルショックを契機に電源の多様化のために進められてきました。つまり、アメリカや中国などと違い、歴史が短く、発電所も新しいのです。しかも発電量は全電力の25%ほどで、原発とほとんど同じぐらいの規模です。減価償却の終わっていない新しい炉を廃炉にして、天然ガス火力に置き換えるという案はまったく馬鹿げていて、別の場所に新規に天然ガス火力を建設すればいいだけのことではないでしょうか。石炭をやめて天然ガスに完全に依存するのもエネルギー供給の安全保障から考えれば極めて危険です。世界の天然ガス市場を牛耳っているのはロシアです。日本が天然ガスに完全依存すれば、必ず足下を見られてふっかけられることになります。

どの道、原発の新規建設などもう不可能なのです。運転開始後40年以上を経た古い原子炉から順に廃炉にして、天然ガス火力、あるいは石炭火力に置き換えるという形でいいのではないでしょうか。再生可能エネルギーは少しずつ増やしていく。個人的に、孫氏には太陽光や風力ではなく、「地熱」に取り組んでほしいと思います。これまで何度も書いてきましたが、太陽光や風力などふらつく電源を大量導入するには、バックアップ電源が必要で火力発電の余力が不可欠なので、孫氏の火力を「フル稼働」させる「ミニマム原発論」とは相入れないことになります。しかし、安定的に発電できる地熱に関してはバックアップの電源が不要です。なぜ普及しないのかというと、既得権や規制の壁があるからで、それらをぶっ壊すのは孫氏の得意技だったように思います。