2011/09/14

「安心」と「安全」の違い

東北地方の歴史を遡ると、岩手県から福島県にかけて巨大津波が襲ったのは865年(貞観津波)のことで、まさに1000年に1回の規模の大津波が東北地方を襲いました。この津波で2万人もの人々が死亡・行方不明になりましたが、高さ20mを超えるような巨大津波を想定して、国や自治体は対策をしていたでしょうか。まったくしていなかったからこそ、これほど多くの被害者が出たわけです。

岩手県の宮古市田老地区には日本一といわれる高さ10mの防波堤があり、1960年のチリ地震津波から村を護りました。しかし、今回の大津波には耐え切れませんでした。

「日本一の防潮堤」無残 想定外の大津波、住民ぼうぜん asahi.com

一方、福島第一原発は5.7mの津波にも耐えられるように設計されていましたが、13mのの大津波に襲われて冷却用電源を消失し、事故を起こしました。甚大な経済的被害をもたらしましたが、原発周辺の住民に放射能災害で亡くなられた方はいませんし、これからもほとんど出ないでしょう。

福島県で住民の「内部被曝量」の先行調査を行なったところ、内部被曝線量がもっとも高かった浪江町の子供でも、70歳までの累積で推計「3mSv未満」だったそうです。

浪江町の子ども、生涯3ミリシーベルト未満も 内部被曝調査で 日本経済新聞

生涯でたった3ミリシーベルト。反原発団体は「子供の尿から放射性セシウムが出た」と騒いでいましたが、尿から検出されるということは「体外に排出されている」ということです。今まで内部被爆で騒いでいたマスコミは、もう少し冷静になるべきでしょう。

土地や家を放射能で汚染されて住めなくなった方たちの悲しみには言葉もありませんが、津波に流されて亡くなった方たちの恐怖と絶望も想像を絶するものだったでしょう。大津波は農地や家も徹底的に破壊し、海水(塩水)にさらされた田畑を復活させるのも容易ではありません。生き残ればそれを嘆くこともできますが、亡くなられた方はもはやそれさえもできないのです。1000年以上前に巨大津波があったことは史実として残されていたのに対策をしなかったから、こういう悲劇が起きたわけです。

(財)エネルギー経済研究所が6月24日に公表した「原子力発電の再稼働の有無に関する2012年度までの電力需給分析」によれば、原発を再稼働しない場合、2012年度の夏季には電力供給が7.8%足りなくなり、12年度の化石燃料調達費は3兆5000億円増加すると試算しています。燃料費の増加を電気料金に上乗せすれば、家庭用で18.5%、産業用で36%も上昇します。中東などの産油国に丸々3兆5000億円を献上するだけで経済効果はゼロ。しかも原発を再稼働しなければ、毎年毎年この負担が続くわけです。

今夏は15%の節電を強要されましたが、原発54基中16基がまだ稼働しているからなんとか乗り切れたわけです。しかし、史上空前の円高に加え、電力不足と電気代の高騰が続くのであれば、日本企業の工場はどんどん海外に逃げ出します。同研究所は、7月28日の「短期エネルギー需給見通し」で、原発の再稼働がない場合、12年度末までにGDPは3.6%減少し、失業者が約20万人増えるという試算も公表しています。

このまま産業空洞化が進んで失業者が溢れ、景気が後退していけば、電力需要は減少し、いずれ火力と水力だけで電力需要を賄えるようになり、脱原発が完遂されるでしょう。それまでに燃料費で数10兆円ものお金が吹っ飛び、日本はバブル崩壊のときよりひどい経済停滞に落ち込むでしょうが、即時全基停止でいったい何人の命を救えるのかというと、効果はほぼゼロです。むしろ、老朽化した火力発電所を無理に運転して大気汚染が悪化し、気管支喘息や肺がんなどで亡くなる人が増える可能性もあります。失業者が増えれば自殺者も増えるでしょう。911テロの後、多くのアメリカ人が飛行機を避けて自動車を利用したことで交通事故が激増し、1600人も死者が増加したのと同じです。

私には不思議で仕方がありません。孫正義氏らは「未来の命を救う」ために脱原発を唱えているわけですが、数10兆円ものお金を使うのなら、原発を止めるより、津波の対策をした方がはるかにたくさんの命を救えるのではないでしょうか。原発周辺の海に近い地域に住んでいる人々は、「原発を止めろ」ではなく、なぜ「津波対策をしろ」と言わないのでしょう。原発がなくなっても大津波に襲われたらひとたまりもないのです。原発事故では避難する時間が十分にありましたが、津波の場合は逃げ切れなかった人が2万人もいたわけです。自分だけは逃げ切れると思っているのでしょうか。自分は逃げられたとしても、子供や高齢者は逃げ切れるでしょうか。

「安心」と「安全」は違うといわれますが、「安心」っていったい何なのでしょう。
生肉を食べて腸管出血性大腸炎にかかる人は毎年100〜300人いて死者も出ています。生で牛肉を食べるのは危険なのですが、店側が商品として提供しているから「安心」して焼き肉店でユッケを食べて、4人の方が亡くなりました。シロウオの踊り食いが今も提供されているのか知りませんが、川魚には寄生虫がいるのが当たり前で、食中毒がしょっちゅう起きています。食中毒になるなど夢にも思わず、「安心」して食べてあたるわけです。「安心」って何なのでしょう。

反原発ヒステリーを起こして全基停止を主張している人々は、とにかく「原発が止まれば安心」なのかもしれませんが、現実には何一つ命を脅かすリスクは減ってなどいません。今回と同規模の津波に襲われたら、また何万人という単位の人々が亡くなるのです。