2011/06/15

朝日新聞記事「私の視点 原発なき電力供給は目前」について

朝日新聞6月11日付けに国際エコノミストの齋藤進という方が「私の視点 原発なき電力供給は目前」という題の寄稿をしています。asahi.comにはアップされていないので、リンクが張れませんが、ネットで探せばどこかに全文がアップされているはずです(下記の安井至先生のページにもあります)。

原発がなくても電力供給の問題はすぐに解決できるという内容ですが、この記事について、環境問題が専門の安井至・東大名誉教授(製品評価技術基盤機構理事長)が、間違いを指摘されています。

「原発なき電力供給は目前」のウソ 2011.06.12 市民のための環境学ガイド

齋藤氏は、
「「原子力発電所を全部止めれば、電気が足らなくなるし、電気代も上げざるを得ないー」。これが現在のところ、大方の日本人が抱いている常識かもしれないが、私の回答は「否」である」
と述べていますが、その論拠としている話が間違いだらけであると。
具体的な中身については安井先生が上記ページで検証されているので、そちらを読んでいただきたいのですが、少々難しい話もあるので、理解の助けになるよう、ここでは「要するにどういうことか」を簡単に補足してみます。

最大の間違いとして挙げられるのは、齋藤氏は年間を通じた発電量から換算して「原発を止めても足りる」としている点です。しかし、今、問題になっているのは「夏場のピーク時の電力供給が足りなくなる」ということです。実際にこの4月、5月は足りていて、火力発電所の一部は停止しているわけです。日本では春や秋に比べて夏の電力需要は2倍ぐらいに増えます。要するに、齋藤氏は、春や秋に発電しておいてその電力を夏に持ち越せば「足りる」と言っているも同然なのです。しかし、電力は貯められないのでそれは不可能です。だから、電力会社は、春や秋は発電所の半分ぐらいを遊ばせることになっても、夏場のピーク時に電力を供給できるよう設備投資をせざるをえないのです。夏場の需要を満たすには、リアルタイムに発電して供給するしかないのですが、それには設備容量が「足りない」と言っているのです。

もう一つ、私が目を疑ったのは、「大震災前の操業率は、水力がほぼ100%」と書かれていることです。水力の稼働率が100%などということはありえず、安井先生も「日本の水力発電が、原発の深夜電力を揚水で貯蔵するために使われているということを知っていれば、水力100%という数値を書くとは思えない。やはり、エネルギーについては、専門家ではないと断定できる」と書かれています。水力の稼働率は電気事業連合会の統計によれば、18.8%だそうです。おそらく、齋藤氏は計算間違いをされたのでしょうが、「水力の稼働率が100%」と疑いもなく書けてしまうところが、すべてを語っているように思えます。

「自家発電は安い」としている点についても、安井先生は「送電コストが無いからだ」と指摘されています。電力会社が需要家に供給するには当然、送電コストがかかり、発電費用のおよそ4分の1は送電コストだと試算されています。自家発電の発電コストを電力会社にそのまま適用できないということです。

また、ガスタービン・コージェネについても勘違いがあるようです。ガスタービン・コージェネというのは、ガスタービンで発電し、その廃熱を回収してお湯を沸かすシステムで、両者を合わせれば総合効率は確かに高くなります。しかし、六本木ヒルズのように住居棟を併設していればお湯の用途がありますが、一般企業のオフィスや工場ではお湯の用途がほとんどありません。ガスタービン・コージェネというのはむしろ給湯がメインのシステムで、廃熱を捨てるのであれば、効率は著しく低下します。電力を得るだけなら、大規模なコンバインドサイクル発電の方がはるかに効率は高いのです。

このように多くの誤解に基づく記事なのですが、ネットで検索してみると、この朝日の記事を読んで、ブログに「政府や東電に騙された」と書いている人を見かけます。天下の大新聞に載っている記事ですから、信じても仕方がないでしょう。このところ朝日新聞は、「風力で原発40基分」など、ろくに検証もせず、ありえない空想を撒き散らかして読者をミスリードしています。「脱原発」を主張することに異議を唱えるつもりはまったくありませんが、もう少し現実に即した論を展開してはどうでしょうか。

この夏、本当に15%もの節電が必要かどうかは私にはわかりません。もし冷夏になれば、節電しなくても乗り切れる可能性はあります。ただ、予定された計画停電ではなく、本当に不慮の大停電が起きれば、病院で人が死んだり、突然信号が消えて交通事故が起きたり、熱中症で老人が死んだり、工場の機械が停止して大損害を発生させたりすることが考えられます。天候の正確な予測ができない以上、停電を避けるため、ある程度のマージンを取っておくのは当たり前のことでしょう。

本当にヤバイ状況になったら政府が広報するはずで、日本人は真面目なので、誰もが節電に協力して、停電を回避するだろうとは思います。現実に停電が起きる確率は極めて低いと考えられます。しかし、何年も動かしていなかった古い火力発電所でトラブルが起きて、突然、電力供給の一部が停止する可能性もないわけではありません。

反原発派の人士のなかにも「原発を止めても足りる」と主張している人がいますが、彼らの言説を信じて、国民が「節電する必要はない」と思い、本当に停電が起きて人が死んだりしたらどう責任を取るつもりなのでしょう。原発のリスクは極大に評価するくせに、停電のリスクは無視するという姿勢には、首を傾げざるをえません。