2011/06/22

「エアコン切って原発止めろ」は強者の論理

菅首相は国会の会期を70日延長し、是が非でも「再生可能エネルギー買い取り法案」を可決させるつもりのようです。菅首相の“盟友”である孫正義氏は韓国に行って、李明博大統領と会談していました。いったい何が目的で訪韓したのでしょう。まさか韓国製ソーラーパネル調達のためではないですよね。

で、当の法案ですが、すでに経産省が作成し、国会に提出されることになっています。
「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案について」
これを読むと「やっぱり官僚は一枚上手だ」と感心します。これに菅首相は政治生命を賭けてもいいのでしょうか。

今回の大震災と福島の原発事故は、政治家を見分ける踏み絵になりました。菅首相は震災前から能力を疑われていた人で、私は逆に、この大災害を機に“化ける”んじゃないかとほんの少し期待していましたが、残念ながらかつての市民活動家のレベルまで幼児退行しただけでした。

橋下徹府知事も馬脚を現した一人でしょう。ニュースで、関電からの節電要請を断ったと聞いたときは耳を疑いましたが、これ(下記)には怒りすら覚えました。

橋下知事、背景板も変え強調「エアコン切れば原発止まる」 MSN産経ニュース

毎年、熱中症で何人死ぬと思っているのでしょうか。
熱中症死者数は昨年の10・4倍/7〜9月間の死者167人 四国新聞
猛暑だった昨年は7〜9月の3か月間で、5万3843人が病院に搬送され、167人が亡くなっています。高齢者のなかには熱帯夜でも「電気がもったいない」とエアコンを切って寝て、熱中症で亡くなる人がけっこうおられます。橋下府知事は間違った節電法を広めているわけです。原発を止めるためなら高齢者が死んでも構わないと言っているのも同然で、まぎれもなく“強者の論理”であり、これほど人命を軽んじた知事がかつていたでしょうか。もしエアコンを切っても足りなかったらどうするのでしょう。

橋下府知事は、耳障りのいい言葉を並べて空想を語るだけで何ら現実的な具体策を立てようとしません。何か起きても「陰謀論」を振りかざし、すべて関電や政府に責任を押し付けるのでしょう。ポピュリズムも極まった感があります。

それに比べ、石原都知事は「花見の禁止」だのよけいなことも言いますが、都議会での所信表明では、過剰なエネルギー消費の見直し(要するに節電)とともに、「電力供給への不安により産業が停滞し空洞化することを防ぐため、首都圏の電力自給能力を高めてまいります。これに極めて有効な天然ガス発電所の新規な建設に向け、民間とも連携し行動を開始いたします」と、天然ガス火力の建設を進めるとしています。知事がやるべき仕事ってこういうことじゃないのでしょうか。

菅首相や橋下府知事らに決定的に欠けているのは、「リスクマネジメント」という概念です。我々の周りにはさまざまなリスクがあり、危険度に応じて優先順位をつけ、対策をしていくべきだという考え方です。ジャーナリストの宮島理氏は以下のような記事を書かれています。

反原発派はマイカー全廃に賛成を

「子供の命を守れ」というなら、マイカーを全廃した方が早いという主張です。交通事故で年に5000人ぐらい亡くなっていることは、私も以前書きましたが、自動車排ガスが小学生の喘息の原因になっていることも厚労省は認めています。
車の排ガスで小学生のぜんそく増加 国、関連性認める asahi.com
喘息の原因は排ガスだけではないものの、気管支喘息の死者数は年間3000人ぐらいとされています。原発のリスクより自動車のリスクのほうがはるかに大きいのです。

『リスクにあなたは騙される 「恐怖」を操る論理』(ダン・ガートナー著 田淵健太訳 早川書房)はリスク評価を学ぶのに非常にいい本で、これを読めば頭のいい人なら目が覚めます。プロローグに書いてあることを簡単に紹介します。

911テロでは航空機がハイジャックされたため、事件後、テロを恐れて航空機の利用者が激減しました。しかし、心理学者のゲルド・ギゲレンザー氏が調査したところ、交通手段を航空機より事故に遭うリスクがはるかに高い自動車に変えたことで、交通量が急増し、911後の1年で交通事故の死者は1595人も増えたそうです。リスク評価を間違えるとかえって被害を拡大することになるわけですが、恐怖にかられると人は論理的な判断ができなくなるのです。

橋下府知事は「原発事故が起きて死者が出るリスク」を過大に評価し、「エアコンを切って高齢者が熱中症で亡くなるリスク」や「大停電が起きて交通事故や病院の事故で死者が出るリスク」、「関西経済圏が沈没して失業者が溢れ、自殺者が増えるリスク」などを過小に評価しています。そういうリスクがあることに気づいていないのかもしれませんが、橋下府知事は頭のいい人なので、むしろすべてわかっていてこういう判断をしている可能性もあります。もし福井県に原発の再稼働をお願いして何かあれば自分の責任にされますが、節電や停電で大阪府民が死んでも政府や関電に責任を押し付けることができるからです。自分が一切責任を負わないですむ選択肢を選んでいるように見えなくもありません。もしそうだとしたら、もはや大阪府民の命を脅かす最大のリスクは「橋下府知事という存在」になるかもしれません。