2011/06/19

孫正義氏の構想の現実性

ソフトバンクの孫正義氏は、太陽光発電で原発を代替すると主張していますが、それは果たして実現可能なのでしょうか。

孫氏は、「太陽光発電のコストは原発より安い」と主張し、自治体を巻き込んで「関西広域連合」を組織し、メガソーラーを事業化して(ソフトバンクの約款を改正して同社の事業に発電事業を加えています)、菅首相に働きかけて全量買い取りさせようとしています。孫氏は「40円/kWhで20年間買い取れ」と言っていますが、これは火力の発電コストと比較しても4〜5倍の価格です。

孫氏の計画は、自治体から遊休地を借り受け、2万kWのメガソーラーを10基建設するというものです。これでどれだけ電力を生み出せるのかというと、設備容量は2万kW×10基で20万kW分ですが、太陽光発電の稼働率は日本の平均で12%なので、実質2.4万kWとなります。原発は1基100万kWで稼働率は70%なので実質70万kW。とすると、原発1基の29分の1にしかなりません。たった29分の1でも、建設にかかる費用は莫大です。四国電力のメガソーラー「松山太陽光発電所」の建設費用は、1kWあたり約70万円とのことなので、20万kW分の投資額は1400億円ぐらいになります。

もしメガソーラーで原発1基分を賄おうとすれば、2万kWを290基建てる必要があり、投資コストは4兆円に達します。原発40基分ならなんと160兆円。日本の国家予算規模で、これを“空想”と呼ばずになんと呼べばいいのでしょう。

反原発派の人々はよく「原発開発に投資してきたお金を自然エネルギーに投資していれば……」と言いますが(実際には相当な額が投資されていますが)、同じ額を太陽光発電に投資したとしても、原発の10分の1の電力も得られないのです。今後は事故被害の補償や安全対策で原発の発電コストが上がることは間違いありませんが、発電コストが逆転することは当分ありえません。風力は17円/kWhとされていてまだマシですが、なぜ孫氏は風力を推さないのでしょうか。日本各地で低周波による健康被害が起きていて、民間発電事業者の多くが実は補助金頼みで、発電で収益をあげるのが難しいことを知っているからかもしれません。

では、この発電事業でソフトバンクは儲かるのでしょうか。孫氏がどのような事業形態を想定しているのかは不明ですが、仮にソフトバンク1社でこの事業を手がけた場合、どれぐらいの利益が出るのかを算出してみます。

メガソーラー計20万kWで稼働率12%とすると、年間の発電量は、
200000(kW)×24(h)×365(日)×0.12=210240000(kWh)
1kWhあたり40円で売れば、
210240000(kWh)×40(円)=8409600000(円)=約84億円
年間の売り上げは約84億円で、20年間で約1680億円になります。
投資額は1400億円なので、20年で280億円の利益が出ます。

現実にはインバータなどの交換や修理などのメンテナンスコストがかかりますが、一方で家の屋根に設置する場合と異なり、更地に建設するメガソーラーは隣のビルに太陽光を遮られるようなことがないので、稼働率は上がるはずで、自治体から遊休地をタダで借りるなら建設コストはさらに下がるはずです。ですから、20年で280億円、1年あたり14億円という金額は妥当なところではないでしょうか。

これは“ぼろ儲け”といってもいいでしょう。全量買い取りで利益が確実に見込めるので、銀行は喜んでお金を貸します。建てるだけでお金が入ってくるのですから、こんな楽な商売はありません。

しかし、この1680億円を誰が負担するのかというと、電力会社が20年かけて分割して支払うわけです。電力会社は発電コストが上がれば電気代を上げますから、結局は国民が負担することになります。孫氏が利益を増やすために中国や韓国のメーカーから安いソーラーパネルを購入したりすれば、日本経済に対する経済効果はほとんどゼロです。しかもメガソーラーは雇用をほとんど生みません。税金なら公共事業に使われて日本経済に還元されたりしますが、国民のお金がただただ吸い上げられて中国や韓国に流れていくとしたら、税金よりはるかにタチが悪く、国民に負担がのしかかるだけになります。

「太陽光の発電コストは40円/kWhよりもっと安い」と反論する人がいるかもしれませんが、それは的外れです。孫氏が「40円/kWhで買い取れ」と言っているのです。実際はもっと安かったとしても、国民が負担するのは40円/kWhをベースにした金額で、発電コストが下がって儲かるのはソフトバンク。文句があれば孫氏に言うべきでしょう。

実際のところ、20万kW程度で収めるのであれば、電気代にも電力系統にも大した影響は与えないでしょう。これだけで急に電気代が高騰するわけではありませんが、発電量は原発1基の29分の1にしかならず、代替にはほど遠い状態です。とすると、孫氏は発電事業の利益を新たなメガソーラー建設に投入していくつもりなのかもしれません。そうなると買い取り量がどんどん増え、国民負担は増加していきます。

以前書いたように、太陽光発電のような出力の不安定な電源を「大量に」電力系統につなぐには、同じ容量分だけバックアップの火力発電が必要になります。「夏の昼間のピーク時に、日本中で雨が降ると太陽光発電の電力供給がすっぽり抜け落ちるので、代わりに電力を供給する電源が必要」という話を理解できない人はいませんよね。太陽光発電を導入して原発を止めるわけですから、既存の火力はフル稼働で、結局は原発分と同じ量の電力を発電できるだけの火力発電所を新たに建設しなければならなくなるのです。

もし太陽光で脱原発をするのなら、太陽光発電の電力を高額買い取りしながら、実際には原発分の火力発電所を新規建設しなければならず、しかも原子炉を廃炉にしていくわけですから、これで電気代が高騰しないわけがありません。電気代が高騰すれば日本経済は失速し、国民は高い電気代を負担させられ、その一方でソフトバンクがぼろ儲けすることになります。こんなことが許されていいのでしょうか。

ヨーロッパでも風力の電力を買い取る場合、大資本の参入は規制されているのが一般的です。高い電気代を負担するのは一般市民で、それで大企業がぼろ儲けすると不公平感が生まれるからです。ですから、高い電気代を負担する市民からの出資を集めて風車を建て、電力を買い取り、その利益が市民に還元されるというしくみになっています。大資本がどんどん参入して風車を建てまくると、一般市民は高い電気代を負担するだけになるのです。

仮に孫氏が市民出資の方式を導入したとしても、派遣や契約で働いているような貧しい若者は、何十万円もの出資などできないでしょう。一般家庭でソーラーパネルを設置できるのも一戸建ての持ち家に住んでいる人に限られ、賃貸住宅やマンションに住んでいる人は設置できません。金持ちは発電で儲けられるようになり、一方で底辺にいる貧しい若者たちは仕事を失い、高い電気代を負担させられて、ますます貧しくなります。貧富格差が拡大するのです。まあ、それ以前にメーカーの工場がみな海外に逃げ出して、原発を止めても電力は足りるようになっているでしょうが。

私は、孫正義という人は電力システムについて(かなり)不勉強なだけで、基本的には善意で動いていると思っていました。しかし、この構想は危険であるだけでなく、孫氏の“善意”に疑いがかけられても仕方がないものだと思います。電力の安定供給が約束されている状態であれば、少々ラジカルな方策も受け入れられますが、今はダメです。

まともな学者に聞けば、誰もが原発を代替できるのは「天然ガス火力(コンバインドサイクル)」と「節電」だと言います。シェールガスという非在来型の天然ガスが実用化されたからです。今のような緊急時に、空想で物事を進めるのは非常に危険だと思います。孫氏は「日本経済を崩壊させたA級戦犯」として歴史に名を刻みたいのでしょうか。